補足説明
 
背景
 1960年に発見された「金属ガラス」は、原子配列に周期性がないため、結晶相にない優れた性質(高強度、耐腐食性、磁気特性に優れる)を持つことが知られている。しかしながら、実用材として使えるような塊(バルク)が得られなかったために、長い間注目を集めてこなかった。1980年代初期に東北大井上グループによって、大型化がなされバルク金属ガラスの実用化への道が開かれた。しかしながら、これらの物質も構成元素が数種類以上であるために加熱すると各成分に分離してしまうという問題があり、その高温下での使用に問題があった。一方、最近Zhang&Zhao[Nature 430, 332 (2004)]や、Wangら[Phys. Rev. Lett. 95 155501 (2005)]に、よって数万〜10万気圧の圧力下で加熱することによって、単元素物質においても、金属ガラスが得られることが報告された。これらの物質は、単元素であるために、通常のバルク金属ガラスが示すような高温下における分解を示さず、約1000℃まで安定という驚異的な安定性を持つことが知られている。この発見は、実用のみならず基礎科学の上でも重要であり、現在注目を集めている。


実験条件(図1参照
 これまでバルク金属ガラスの形成が報告されている温度圧力領域(常温〜1000℃、常圧〜10万気圧)と、今回行った実験の温度圧力条件を図1に示す。加圧により構造変化したω相(歪んだ六方最密充填構造)を、約1000℃まで加熱し、その構造変化の様子をリアルタイムで観察した。


実験手法(図2参照
 今回開発した実験方法と従来の方法との比較を図2に示す。
 従来の方法では、高圧アンビルの隙間を通して試料の散乱強度を検出し、高温高圧下における試料の状態を観察する。しかしながら、アンビルの隙間が大変小さいため(約0.3mm)、試料の情報の一部しか得ることができない。今回の実験法においては、X線に対して透明なアンビル(立方晶BN)と2次元検出器(イメージング・プレート)を用いることにより、アンビル越しに試料のX線散乱強度を得ることができるため、試料の情報を広い角度範囲にわたって得ることができる。このため、高温高圧条件下に置かれた試料の原子配列に関する情報をより詳細に調べることができる。


結果(図3参照
 高圧下における試料のX線回折パターンの温度変化。
 常温高圧相(ω相)のX線散乱強度(図aに示したリング)は、加熱に伴って弱くなり、次第に斑点状になる(図b)。これは、加熱に伴って、結晶が微粉末から粒へと徐々に成長することを示している。さらに50℃昇温すると、試料由来のリングが消失し(薄く見えているリングは試料容器の散乱)、いくつかの大きなスポットが現れる(図c)。これは、650℃から約700℃の昇温において、結晶粒が急激に成長することを示しており、これまで報告されてきたガラス形成が起こらないことを示している。700℃で見られたスポットは、1000℃まで加熱しても残存しており、さらに温度を上昇しても、ガラス化の兆しは見られない。


意義・波及効果
 最近の単元素物質におけるバルク金属ガラスの形成の報告は、高温下でも安定なバルク金属ガラス実現の可能性を示唆する発見であった。今回の結果は、これまでの結果を否定し、このような可能性に対し、依然その実現が困難であることを確認するものである。
 今回の結果は、その意味で否定的なものであるが、高温高圧下におけるガラス物質の評価をする際に慎重な姿勢が必要であることを示すものであり、国内外の研究者にその注意を喚起するものである。また、昨今の科学研究の慎重性の欠落に対して、異分野の研究者に対しても、科学に向き合う姿勢の再考を促している。
以 上

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