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特集

外部有識者によるコラム 第4回(2023.08.10掲載)

「常陽」再稼働の意義を考察する:安全保障と多機能性

笹川平和財団
小林 祐喜


はじめに:近づく「常陽」の再稼働と国内外の原子力事情

日本原子力研究開発機構(JAEA)の高速実験炉「常陽」(茨城県大洗町)について、原子力規制委員会は、一般から意見を募るパブリックコメントなども経て、本年7月26日に、新規制基準適合に関する原子炉設置変更を許可した。これにより、2007年から停止が続く「常陽」の再稼働が、いよいよ視野に入ってきた。

高速増殖炉の開発は、西側諸国で撤退が相次いでおり、開発の主導権はロシア、中国が握っている。高速炉による実験が可能な施設を有するのは、西側諸国においては、日本のみとなる。

こうした国際原子力事情に加え、国内においては、脱炭素社会の実現を目的に、原子力発電所の運転期間を60年超に延長することを盛り込んだGX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法1が成立した。「常陽」の再稼働を含む原子力利用にとって追い風になる可能性がある。

しかしながら、2011年の東京電力福島第一原発事故(以降、福島第一原発事故)や高速増殖炉の開発を含む核燃料サイクルの確立を目指した過程で頻発したトラブルにより、国民の原子力利用に対する信頼は喪失している。「常陽」の再稼働にあたり、脱炭素社会への貢献や核燃料サイクルの実現といった従来の主張を繰り返しても、国民の理解を得るのは難しい。

新たな視点として、高速増殖炉に関する技術基盤の継承は国の安全保障にかかわることや、高速増殖炉が多目的に活用できることを訴え、国民とのコミュニケーションを図る必要があるのではないだろうか。

本稿では、高速増殖炉開発について日本を含む各国の歴史を概観した後、安全保障や多機能性の視点を示しながら、「常陽」再稼働の意義を探る。

1.高速増殖炉開発の動向

(1)日本および海外における高速増殖炉の開発

高速増殖炉の開発は、米国、ロシア、フランス、イギリス、日本が先行し、日本では、1977年に「常陽」が運転を開始した。同炉の開発は、実験炉、原型炉、実証炉、実用炉と段階的に進められる。実験炉で技術の基礎を確認し、原型炉で発電技術を確立して、実証炉で経済性を見通した上で、商業用の実用炉に至る。

「常陽」は高速炉の基礎技術確立のための実験炉の位置づけで、運転開始以降、高速炉の基本性能の確認・実証とともに、高性能燃料・材料開発、安全性向上、そして運転・保全に欠かせないデータ収集に貢献し、そのデータは原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の開発にも活用された。

写真1:「常陽」

*写真提供:国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

もんじゅは1994年に運転を開始し、発電設備としての技術確立の段階に移行したが、1995年のナトリウム漏えい事故などトラブルが相次ぎ、2016年に廃炉が決まった。一方、「常陽」も約71,000時間の運転実績を重ねた後、2007年、炉の中で実験装置と交換装置が衝突して破損する事故が起き、運転を停止した。停止期間中、福島第一原発事故が起き、日本の原子力利用は低迷期に入った。原子炉運転のための規制基準が厳しくなったこともあり、「常陽」の停止は長引いている。

このように、高速増殖炉は技術上の困難を抱え、日本だけでなく各国で開発は停滞している。米国は核不拡散上の理由もあり80年代に開発を中止し、英国、フランスは原子炉を冷却するための液体ナトリウムに起因するトラブルが引き金となり90年代に高速増殖炉の廃炉を決めている。対照的に、ロシアは2016年10月、最大出力88万kWと日本の既存の大型軽水炉の出力に匹敵する規模の実証炉「BN-800」の商業運転を開始した。2022年9月には、ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX 燃料)のフル装荷を達成し、着々と前進している2。中国もロシアの技術支援を受けつつ高速増殖炉の開発を進め、CFR600と呼ばれる大型の高速増殖炉(電気出力60万kW:日本の「もんじゅ」の2倍強)が、2023年中に運転を開始するとみられている。実際、2022年9月に撮影された衛星画像を見れば、CFR600の1号機については、炉を収納する建屋、炉の熱により発生した蒸気でタービンを回転させて発電する建屋が完工状態であり、運転開始が近いことがわかる。

このように、高速増殖商用炉の導入に向けた開発は中ロが中心となり、西側諸国において実働可能な高速炉やナトリウム流体の挙動を実機規模で実験する大型施設を有するのは日本のみとなっている。そのため、「常陽」の再稼働をめぐる動向は、国内のみならず、海外からの関心も集めている。

写真2:中国のCFR600の衛星写真

*「(C)Maxar Technologies, Inc. 2022年9月30日撮影」

(2)原子力利用に対する厳しい見方

しかしながら、海外からの注目が必ずしも「常陽」の再稼働への後押しになるわけではない。高速増殖炉の開発過程で相次いだトラブル、2011年の福島第一原発事故、それらに対する事業者の対応の不備により、日本における原子力利用は国民の信頼を失っている。日本原子力文化財団の「2022年度原子力に関する世論調査」によれば、「今後、原子力発電の安全を確保することは可能である」との質問に対し、肯定的な回答は25.1%にとどまる。高速増殖炉の開発を含む核燃料サイクル政策への肯定的意見はわずか18.8%である3。この事実は、「常陽」の再稼働について、日本および日本人にとってどのようなメリットがあるのかを、従来の枠組みにとらわれることなく再考する必要があることを示している。

2.「常陽」再稼働に向けた新たな視点

(1)国家安全保障の視点

こうした経緯を踏まえ、「常陽」の再稼働を考察する際の新しい視点として、二つ提起してみたい。

一つは、プルトニウムの生産につながる高速増殖炉に関する技術は国家安全保障に直結することである。日本、および西側諸国は現在、プルトニウムの管理状況を公表しつつ開発を進めているが、中国は、2017年から国際原子力機関(IAEA)へのプルトニウム保有量の申告を停止している4。中国はロシアと、軍事転用も可能なこの技術の開発を協力して進めており、国際原子力市場のロシアおよび中国による支配が強まれば、IAEAなど、国際規約を策定する場での両国の発言権が増す。表1にあるように、原子炉の輸出市場を見ると、2012-2021の10年間に輸出された原子炉のうち75%がロシア製、中国製である。

表1:世界の原子炉輸出動向(建設開始ベース)

年度 原子炉輸出国(原子炉基数) 導入国
2012 ロシア(1) 中国
韓 国(1) UAE
2013 ロシア(2) 中国、ベラルーシ
韓 国(1) UAE
2014 ロシア(1) ベラルーシ
韓 国(1) UAE
2015 中 国(1) パキスタン
韓 国(1) UAE
2016 中 国(1) パキスタン
2017 ロシア(3) インド(2)、バングラデシュ(1)
2018 フランス(1) イギリス
ロシア(2) トルコ(1)、バングラデシュ(1)
2019 ロシア(1) イラン
フランス(1) イギリス
2020 ロシア(1) トルコ
2021 ロシア(2) 中国
出典)The Power Reactor Information System,IAEA, 2022 を参照に筆者作成。

そのうえ、高速増殖炉を含む「次世代炉」の開発や商用化で中ロ両国に主導権を奪われれば、両国に都合のいいように、核物質の移動や管理に関する国際規則が策定されることになりかねない5

戦後一貫して、核不拡散、および核物質の国際管理体制の確立に尽力してきた日本としては、今後も核不拡散に関する国際規約の策定において、影響力を保持する必要がある。さらに、中国はCFR600 でプルトニウムを増産し、核弾頭数の増強に使用すると指摘されている6。国際的な核物質の管理体制を揺るがし、核拡散を招くような中国の動きに対応するには、日本が米国や欧州諸国に協力を呼びかけ、高速増殖炉の基盤技術を継承する技術者や専門家を維持する方策を図った上で、同炉に関するIAEA の査察の在り方や規約の策定に関する議論を主導する必要がある。

(2)高速増殖炉の多機能性

もう一つは、高速増殖炉が有する多機能性である。

高速増殖炉内でラジウム226に高速中性子が照射されると「アクチニウム225」が生産される。アクチニウム225は、がん細胞を死滅させる効果が指摘されているアルファ線を放出する希少な医療用ラジオアイソトープ(RI)である。2016年、がんが全身に転移した前立腺がんの患者に対する高い治療効果が報告されて以降7、世界で急速に臨床研究が進んでいる。小型の加速器を用いる方法などが提唱されているものの、現在、米国、ドイツ、ロシアのみがわずかな供給能力を有するのみで、量産技術の確立が課題になっている。高速中性子を照射できる「常陽」を活用すれば、今後需要の増大が確実なアクチニウム225の大量生産技術を確立して世界的な供給源になり、日本の強みになり得る。

また、高速中性子の照射により、高レベル放射性廃棄物を減らしたり、有害度を低減させたりできる可能性があり、核のゴミの最終処分に関する議論の進展が期待できる。

3.「常陽」再稼働の意義について国民とコミュニケーションを

「常陽」は期せずして西側諸国における唯一の実働可能な高速炉の実験施設になった。このことから、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が出資する次世代炉開発会社TerraPower 社が、高速炉に関するナトリウム冷却の共同実験をJAEA に打診するなど、期待は高まっている。

とはいえ、原子力利用は国民の信頼が不可欠なことを忘れてはならない。科学技術と社会の関係を考える時には、「信頼」の二つの類型8を理解する必要がある。一つは相手の能力に対する期待としての信頼である。国民は国や事業者に設備を安全に運営し、リスクを管理する能力があると判断すれば、信任を与える。もう一つは相手の意図に対する信頼である。国や事業者が公共の利益のためという意図を持ち、対処すべきリスクについても共有を図る努力を怠らないのであれば、国民からの信頼は高まる。反対に、自らにとって不都合な情報は開示しないのではないかと疑念を持たれれば、信任は得られない。この信頼の定義は、福島第一原発事故後の原子力利用に対する国民の不信を見れば、的を射ている。

「常陽」の再稼働にあたり、JAEA と国には、施設を安全に運転するのはもちろんのこと、先に示した再稼働に向けた新たな視点を踏まえたコミュニケーションを展開し、国民の信頼獲得への努力を怠らないことを求めたい。

1正式名称は「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案」 。2023年5月31日に可決、成立した。参議院「議案情報」第211回国会(常会)参照
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/211/meisai/m211080211026.htm]
2「ロシアの高速実証炉「BN-800」がフルMOX 炉心に」『原子力産業新聞』2022年9月21日
[https://www.jaif.or.jp/journal/oversea/14743.html]
3日本原子力文化財団「2022年度原子力に関する世論調査」
[https://www.jaero.or.jp/data/01jigyou/pdf/tyousakenkyu2022/results_2022.pdf]
4米国防総省は、中国が軍民融合開発戦略(Military-Civil Fusion development strategy)のなかで民生技術・産業基盤と防衛産業基盤の融合を掲げながら、その一環として高速増殖炉や再処理施設の開発・建設を進めていることを注視している。また、中国を国際的なプルトニウム管理の枠組みに参加させる方策に苦慮している。;U.S. Department of Defense “Annual Report to Congress: Military and SecurityDevelopments involving the People’s Republic of China 2022,” p.5, p.9.
5笹川平和財団『原子力民生利用における中国・ロシアの台頭:グローバルな核不拡散体制の強化と日本の役割』2021年4月 [https://www.spf.org/global-data/user34/FY2020Proposal_JP.pdf]
6Nonproliferation Policy Education Center “China’s Civil Nuclear Sector: Plowshares to Swords?” March 2021
[https://npolicy.org/wp-content/uploads/2021/10/2102-Chinas-Civil-Nuclear-Sector-3.29.pdf]
7C. Kratochwil et al., J Nucl Med. 2016, vol.57, p1941-1944.
8山岸俊男、小見山尚『信頼の意味と構造~信頼とコミットメント関係に関する理論的・実証的研究~』INSS Journal 2 1995.