161 電源不要の真空トランスファーケース
掲載日:2026年3月24日
手軽さ強み、材料開発支援
300日超え保持
ナノ材料や半導体材料の研究開発では、試料表面の「きれいさ」を保つことが重要で、製作時は真空環境にする。完成した状態のまま運ぶには、真空維持装置が必要だ。そこで日本原子力研究開発機構では、超軽量でコンパクト、真空ポンプも電源も不要な「真空トランスファーケース」を開発。手持ち輸送の実証試験で機能確認も終え、社会実装に向けた歩みを進めている。
表面保護が必須の開発現場では、従来から真空維持機能付きの運搬装置が使われている。電動真空ポンプや電源・バッテリーで構成され、重量は数十㌔㌘と、取り扱いや輸送時の負担が大きいという課題があった。
そこで大強度陽子加速器施設「J―PARC」(茨城県東海村)では、より手軽に高真空で運べる環境の整備を目指すことにした。基盤にしたのは容器自体が真空ポンプとして働く「超高真空ゲッターポンプ」技術だ。
この技術はチタンの気体吸着・吸収性能を活用。チタン製容器内面に非蒸発型ゲッター(NEG)コーティングを施すと、内面がガス吸着するゲッターポンプとなる。大気に触れても真空排気と加熱で性能は回復。真空(10のマイナス7乗パスカル台)状態の維持試験では、300日以上にわたり高真空を保持できている。
機内持ち込みも
試作機の大きさは航空機の機内持ち込み可能なスーツケースに入る程度で、重量も約6㌔㌘と大幅に軽量化した。真空ポンプや電源が不要なので、航空機へも安全に持ち込める。こうした手軽さは研究者の活動範囲を広げる大きな助けだ。
運搬試験では、超高真空で試料をケースに入れ、J―PARCと大型放射光施設SPring―8(兵庫県佐用町)間を空路と鉄道の2経路で移動。ゲッター材および半導体シリコン基板などの表面状態の変化を評価した。
産業界を視野に
その結果、大気に触れた試料と比べ酸化や汚染は全くなく、極薄酸化膜など繊細な表面構造はほぼ元の状態で維持できた。材料の繊細な構造を対象にした研究で、運搬によるさまざまな障害が減るのは極めて大きい。
今後は、ナノ材料・半導体分野に加え、電子顕微鏡電子源や触媒材料、医療機器、宇宙材料など、高真空輸送が求められる幅広い領域への展開が視野に入る。真空トランスファーケースは国内外の研究拠点をシームレスにつなぎ、材料開発のスピードを高める「見えないインフラ」だ。J―PARCが加速器開発を通じて蓄積してきた真空工学の価値を社会に還元していきたい。

