原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

152 福島の海産物トリチウム量推定

掲載日:2026年1月13日

原子力基礎工学研究センター 環境動態研究グループ
研究員 池之上 翼

専門は環境工学、環境動態シミュレーション。幼少期から環境問題に興味を持ち、大学では環境問題とエネルギー問題について学んだ。現在では、環境とエネルギーという2分野は密接に関わり合い、個々に問題を分かつことはできないと思っている。原子力発電所事故という、両者の性質を持つ問題に今後とも取り組んでいきたい。

2モデル連携、信頼性向上

ヒラメは大丈夫

2023年8月、東京電力福島第一原子力発電所でALPS処理水の海洋放出が始まった。トリチウム以外の放射性物質を十分に除去した処理水は、厳格な管理のもと放出され、海産物のモニタリングでは現在まで高濃度のトリチウムは検出されていない。一方で、1回の海産物モニタリングでの調査数には限りがある。そこで、日本原子力研究開発機構は環境科学技術研究所と共同で、シミュレーション技術で任意の場所・時間の海産物中トリチウム濃度を推定する手法を開発。福島近海のヒラメ体内のトリチウム量を推定し、食品としての人体影響は無視できるほど小さいことを明らかにした。

包括的に把握

環境への影響を把握するため、放射性物質濃度のモニタリングが続く。採取による調査は高精度だが、時系列で結果を並べると断続的な点になり、時空間的に連続した評価は難しい。一方、シミュレーションモデルは、時間経過に伴う連続データを作成できるが誤差を含む。そこで、両者の強みを生かし、放出影響を包括的に把握できる評価手法の確立を目指すことにした。

開発した手法は二つのモデルを組み合わせ、海水と海産物の両方を連携して計算し、結果の信頼性を向上させた。海水中トリチウム濃度推定は「海洋拡散モデル」を使い、海流や水温など海況による効果を織り込んだ。その上で、「生態系移行モデル」で海産物中のトリチウム濃度を推定する。海洋生物は体内に①海水から直接②食物連鎖で間接―という2経路で取り込むのを踏まえ、飼育実験の実測値などを用いてモデル精度を上げている。

風評被害防ぐ

今回の推定対象にはヒラメを選定。東北地方の重要な水産資源の一つで、沿岸域海底に定住する。影響評価に適する生態だ。

生体中に比較的長時間保持される化学形態「有機結合型トリチウム」(OBT)濃度を推定した。結果、ヒラメ中OBT濃度の最大値は、福島近隣の雨水や河川水のトリチウム濃度と比べ一ケタ低く、蓄積度合いは非常に小さかった。また、ヒラメ切身190㌘を毎日1年間食べ続けた際の被ばく線量は、国際放射線防護委員会の定めた基準値の1000万分の1と極めて低く、人体への影響はほぼないことを明確に示した。

同手法は将来の処理水放出時の予測や、他の海産物にも幅広く適用が可能だ。海産物の安全性を継続的に確認することで、風評影響の防止対策の一助になると期待したい。