原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

140 海洋へのセシウム流出量推定

掲載日:2025年10月7日

システム計算科学センター AI・DX基盤技術開発室
研究副主幹 佐久間 一幸

専門は環境科学、水文学。福島第一原子力発電所事故後、福島の環境回復に係る研究に興味を持ち、日本原子力研究開発機構に入構。森林、河川、ダム、沿岸域といった種々のフィールドで調査とシミュレーションを用いた環境動態研究に従事。特に、水の流れに応じて移動する放射性物質の挙動解明に注力している。

河川経路 全容把握のカギ

長期評価可能に

東京電力福島第一原子力発電所(1F)の事故で、放射性セシウムが環境中に放出された。このセシウムが陸域から海へ流れ出る過程や量の把握は、環境回復、そして暮らしの安全確保の観点からも重要だ。日本原子力研究開発機構では、河川を通じて海へ至るセシウム流出量を推定する計算モデルを開発。中長期分析を続けている。

河川を経由した海へのセシウム流出は、1Fからの直接流出や大気経由に続く、第3の経路として着目されていた。しかし、事故後初期、河川ごとに水位や濁り度合、セシウム濃度を観測するのは事実上難しく、データは少ない。その後のデータも断片的な期間や観測地点に限られた。また、複数河川から流出するセシウムを解析しようにも、降雨時を含め、長期評価する計算モデルも存在しなかった。

そこで我々は、簡易な河川流出モデルと実際の観測結果を組み合わせて、河川から海洋に流出するセシウムを算出する計算モデル「MERCURY」を開発した。河川ごとに、降雨影響を織り込むため時間単位で、かつ、数年から十数年という長期にわたり、セシウム量を迅速に推計できる。

寄与度を解明

福島・宮城両県にまたがる阿武隈川と浜通り13河川を対象に、海へのセシウム流出量を解析した。結果、事故後初期の1F直接放出量や大気を経由した流出量に比べ、事故後約半年間の河川経由の流出量は2ケタ程度小さかったことが判明。この間の河川経由の流出量は、2017年末までのセシウム流出総量の約6割を占めていた。一方で、河川経由の流出は長期に及ぶため、河川経路が、沿岸域の海水と堆積物中のセシウム濃度に寄与することも明らかになった。

トリチウム調査

さらに我々は同手法を応用。多核種除去設備(ALPS)処理水海洋放出に先立ち、河川を経由した海へのトリチウム流出量も推定した。環境中のトリチウムは自然起源と冷戦時代の大気圏核実験由来が存在し、海洋に比べ河川水中の方がトリチウム濃度は高い。推定の結果、ALPS処理水放出前、海洋中トリチウムの濃度分布形成には河川が影響していることを示した。

本手法は、水や土砂流出に伴う汚染物質の移行分析にも対応可能だ。さらに、防災対策や気候変動といった外部環境の変化が、放射性物質流出量に与える影響なども推計できる。今後は河川氾濫に伴う土砂流出時の空間線量評価へも応用したい。