原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

135 J―PARCビームの負水素イオン源

掲載日:2025年8月26日

J―PARCセンター 加速器ディビジョン加速器第一セクション
技術副主幹 神藤 勝啓

学生時代よりさまざまなイオン源やイオン源から引き出されたビームの研究・開発に従事して30年が経過。2016年よりJ-PARCセンターで負水素イオン源の研究・開発を行い10年目に入った。ビームを利用する多くの研究者が世界のトップランナーとして走り続けるために、より高度かつ安定なビームづくりの研究・開発を邁進中。

連続運転、利用者の研究支援

装置内部に工夫

茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J―PARCでは、世界最高レベルの陽子ビームから中性子、ミュオン、ニュートリノ、K中間子など多彩な二次粒子ビームを生成する。これらを活用して基礎科学から産業応用まで、さまざまな研究・開発が行われている。

おおもととなる陽子ビームは円形加速器シンクトロンによって最大で光速の99.95%まで加速される。出来るだけたくさんの陽子を同時に加速できることが望ましい。このため、シンクロトロンへの入射粒子は陽子に2つの電子が付いた「負水素イオン」を用いている。

イオン源では高周波放電による水素プラズマ中で負水素イオンを生成する。J―PARC設計段階では当時生成できる電流量の2~3倍の負水素イオンビームが必要になった。そこで、高効率で負水素イオンを生成する研究を進め、さまざまな工夫をイオン源装置内部に施した。

大電流化を実現

例を挙げると、金属表面にセシウムが極微量付着すると表面から電子が出やすくなると分かり、放電プラズマ中の水素原子や正イオンを効率よく負イオン化できた。さらに、作ったイオンを壊すことなくビームを引き出す穴まで送り出す方法なども判明、設計段階で必要な大強度ビームの生成に成功した。

施設利用者が効率よく研究成果を出すには、運転期間の途中でイオン源の交換を減らす必要がある。連続運転には熱陰極の断線を避けねばならず、直流放電ではなく、アンテナコイルを用いた高周波放電での運転が必須となった。しかし、アンテナコイルの素材は銅パイプを薄い絶縁体で覆ったもの。水素以外の重い原子の不純物は絶縁体を破壊する恐れがあり、不純物のない高真空環境が求められた。

長寿命化目指す

開発を進めると、イオン源内部の真空容器内壁に付着する水や酸素などの分子を予め除去できる工夫や方法が見つかった。

こうした不断の改善で、2014年にJ―PARCでは高周波放電による負水素イオン源の運転を始め、18年には設計当初の負水素イオンビーム電流加速に成功。22年からは夏期保守期間を除き、運転期間中のイオン源無交換連続運転が可能になった。

J―PARCではさまざまな将来計画が立てられているが、明らかなのは今よりも沢山のビーム電流が必要、ということだ。イオン源の更なる高度化・長寿命化を目指し、日々研究開発に取り組んでいる。