原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

124 グラフェン・金の化学結合解明

掲載日:2025年6月3日

原子力科学研究所 先端基礎研究センター 表面界面科学研究グループ
研究副主幹 寺澤 知潮

東京大学大学院理学系研究科で博士(理学)を取得後、筑波大学、名古屋大学を経て、2018年から現職。専門は表面科学、ナノ材料。二次元物質の社会実装を見据え、二次元物質と支持基板の間に起きる相互作用の制御手法を探索している。

次世代半導体 有力材料に

境目に潜む謎

シリコンに代わる次世代半導体材料の開発競争が激化する中で、有力候補の一つがグラフェンだ。炭素が原子1個分の厚さで蜂の巣状に並び、耐久性も耐熱性も高い。その内部を移動する電子は光速の約300分の1にも達する。

グラフェンの超高速トランジスタやセンサー、エネルギーデバイスなどへの応用には、配線材料からグラフェンへの電荷やスピンの高効率な注入が不可欠だ。一方、配線材料に使われる金は電気伝導性が高く、酸化にも強い上、スピン軌道相互作用が大きいという特長がある。

このため、金とグラフェンが接する境目(界面)で、電荷やスピンの受け渡しを担う電子軌道の重なり、すなわち化学結合の形成が極めて重要だ。しかし、グラフェンと金は共に化学的に安定で結合を作りにくく、界面でどのように化学結合が成立するかは未解明だった。

凹凸表面に着目

そこで日本原子力研究開発機構では、電荷やスピンの注入効率に影響を及ぼす「界面の化学結合状態」を調べることにした。着目したのは圧延金箔などに見られる、原子レベルの細かな凹凸が周期的に並ぶ「Hex―Au(001)」と呼ばれる表面構造だ。この凹凸を持つ金と平坦な金のそれぞれでグラフェンを形成、界面の原子配置が化学結合の違いに与える影響を比較した。観察は、物質表面の電子の動きやエネルギーを高精度測定できる角度分解光電子分光法で行った。

金の平坦な表面にグラフェンを形成した場合、金の価電子は結晶全体に三次元的に広がり、グラフェンとの化学結合は見られなかった。一方、凹凸を持つ金表面では、金の価電子とグラフェンの電子軌道の交点に「ギャップ」と呼ばれる化学結合の証拠が見出され、グラフェン本来の優れた電子特性も維持された。理論計算や過去の文献も踏まえ、化学結合成立には「金の凹凸構造の周期」と「グラフェンと金の結晶の向き」の2つの要素が関与すると結論づけた。

配置を精密制御

一連の解明で、金の原子配置を精密に制御できれば、グラフェンの特性を維持したまま化学結合を形成できる。そして、配線材料からグラフェンへの電荷やスピンの高効率注入を可能にするだろう。

次世代省エネルギー集積回路は待ち望まれている。グラフェンを用いた超高速トランジスタや高感度センサー、スピントロニクス素子などの実用化に向け、材料設計に貢献すると期待している。