原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

120 低温でも堅く延びるステンレス鋼

掲載日:2025年4月29日

J―PARCセンター 物質・生命科学ディビジョン 中性子利用セクション
研究主幹 ハルヨ・ステファヌス

日本原子力研究開発機構に入構後、J―PARCセンターで中性子実験手法を用い、材料の内部構造、機械的特性や微細構造の挙動を調べている。その中で、様々な環境条件下での「その場」測定技術を開発。鉄鋼材料、マグネシウム合金、高エントロピー合金などの変形機構や相変態、機械的安定性の研究で重要な成果を上げている。

原子配列の変化・乱れ作用

結晶粒を微細化

ステンレス鋼は強度と延性をバランス良く備えた極めて優れた構造材料だ。日本原子力研究開発機構では、ステンレス鋼の結晶の粒(結晶粒)を超微細化すると、低温での強度が大幅に向上することを発見。このとき、結晶の原子配列が段階的に変化し、乱れが生じることも突き止めた。低温環境向けの新たな構造材料の開発につなげたい。

ステンレス鋼は低温でも脆くならないことから、液化天然ガスの輸送や貯蔵など、低温での強度が必要な設備にも用いられている。

金属材料は微小な結晶粒が多数集まり形作られる。結晶粒の大きさは材料の強度や伸びと密接に関係し、小さくなるほど強度は向上するが、破断までの伸び量は小さくなる。

低温下で強度と延性は両立できないのだろうか。50㍃㍍(マイクロは100万分の1)の結晶粒を持つ通常のステンレス鋼(SUS304)に、圧延加工と熱処理を施し、結晶粒を0.3㍃㍍まで超微細化。材料特性を調べた。

中性子で解析

すると、77ケルビン(マイナス196度)で強度と伸びの特性に飛躍的な向上が見られた。塑性変形が始まる応力(弾性限)は約400㍋パスカル(メガは100万) から約1500㍋パスカルに、最大強度も約1500㍋パスカルから約1900㍋パスカル程度まで上がった。同時に、最大伸びは約38%から約30%へと減少したものの、延性は大きく失っていなかった。結晶粒の超微細化が、既存材料の低温特性を大幅に向上させているようだった。

そこで、メカニズム解明のため、大強度陽子加速器施設J―PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)を活用。結晶粒超微細化ステンレス鋼を引張試験にかけて、大強度中性子を用いた「その場」観察を行い、原子レベルでの内部変化を調べた。

2段階で変化

結果、この材料の変形では、次の2つの機構が働いていることが分かった。原子配列が変化する「マルテンサイト相変態」と、原子の不規則な配置が発生し、それが移動することで材料全体が変形する「原子配列の乱れとその移動」だ。2つの変形機構は同時にではなく段階的に発生するため、延性を失うことなく強度の向上を実現していた。

脱炭素社会実現に向けて、燃料・原料としての水素と、輸送・貯蔵に使う低温向け部材へのニーズが高まっている。構造材の内部組織の制御と変形機構を解明することで、新たな材料開発の可能性を示し続けたい。