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研究者紹介

機械学習を用いた放射線測定値換算手法の開発

福島研究開発部門 廃炉環境国際共同研究センター
広域モニタリング調査研究グループ
佐々木美雪

日本原子力研究開発機構では、2011年の福島第一原子力発電所(1F)における事故以降、環境中に放出された放射性物質の分布調査のため、有人ヘリコプターや無人ヘリコプターを用いた上空からの放射線モニタリングを実施しております。上空からの放射線測定は、迅速に広範囲を測定できる利点があり、また人の立ち入りが困難である森林エリア等の測定を行うことが出来るため、測定で得られたデータは様々な研究や政策決定の基礎データとして用いられています。一方、上空からの放射線測定は地上からの影響を平均化した値(上空値)が得られるため、地上におけるサーベイメータ等を用いた測定値(地上値)に比べ測定解像度が劣るという課題があります。従来から用いられている上空値から地上値への換算手法は、遮蔽物は空気のみで平面かつ、線源が均一に分布していることを仮定したモデルを用いた解析手法であり、森林等の遮蔽物、斜面等の地形の影響が考慮されていません。よってローカルなホットスポット探査や放射性物質の挙動調査に十分なデータを提供するためには難しい課題がありました。本研究では上空における放射線測定値を地上1m空間線量率へ換算するための新たな換算手法として、機械学習(人工ニューラルネットワーク:ANN)を用いた換算手法の開発及び評価を行いました。

本研究におけるANNを用いた換算には、1F事故後、蓄積してきた放射線測定データを学習に使用しました。上空値や周辺地形の状況等(入力データ)と、地上値(正解値)の多くのデータセットを用いて学習を実施することで、入力データから地上1m空間線量率を推定するANNを構築しました。

まず本研究で構築したANNの換算傾向を評価した結果、従来の換算手法とおおよそ同様の換算傾向であることが分かりました。放射線は距離が離れる(空気による遮蔽を受ける)と減衰しますが、従来法ではその減衰率のみを用いて換算を行います。構築したANNの換算傾向から得られた放射線の減衰率は従来の減衰率に比べ、学習により最適化され、より地上測定値に近い換算を行うことができる減衰率であることが分かりました。また森林による放射線の減衰率は樹高が高くなるにつれて大きな減衰を示すことが分かっております。構築したANNの森林における換算傾向を見ると、先行研究で得られていたものと同様に樹高が高くなるにつれて大きな減衰傾向を示し、減衰率のパラメータ値もおおよそ一致することが分かりました。これらの結果から、本研究で構築したANNは従来の換算傾向と一致し、妥当な換算傾向であることが分かりました。

次に構築したANNを用いて、1F周辺における上空値のデータセットを換算した結果、従来法に比べ、より短時間で換算を行うことが可能となりました。またANNの学習が十分行われている場合、従来法に比べより地上値に近い値の算出が可能であることが分かりました。構築したANNにインプットするデータ(入力データ)の換算への貢献度(どのぐらい換算計算に影響を与えているのか)を調べた結果、測定高度・推定樹高情報・写真色情報など、入力データの種類を増やすことにより、換算精度を向上させることができることが分かりました。

しかし本研究で構築したANNは放射性セシウムで汚染されたエリアで取得したデータを用いており、異なる放射性物質で汚染されたエリアに対して本研究で構築したANNによる換算を適用しても、妥当な結果を得ることは難しいと考えられます。放射性セシウムとは異なる放射性物質で汚染されたエリアに対してANNを用いて換算できるようにするためには、実測及びシミュレーションを用いた模擬測定値の作成等を行うことにより、ANN構築(学習)のためのデータを蓄積する必要があります。今後、不足している学習データの取得及び入力データの最適化、またネットワークの最適化を行うことで、よりANNによる換算の精度を向上させていきたいと考えております。

萌芽研究開発制度により、本研究では放射線測定分野に機械学習という新たな分野の要素を取り入れることができました。今後は本研究成果をもとに、原子力災害時等における緊急時の放射線モニタリング技術開発を進め、より安全でかつ高精度な放射線測定が実現できるよう、研究開発に努めていきたいと思っております。

機械学習を用いた空間線量率マップ換算結果

(a)は測定ラインとエリアの様子を示したもの、(b)は地上1 mの空間線量測定値、(c)は従来法による換算結果、(d)は入力データとして測定高度と放射線計数率情報を、(e)は(d)に加えて推定樹高情報を、(f)は(e)に加えて写真色情報を使用したANNによる換算値である。

研究者インタビュー一覧

● 原子力科学研究部門 J-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第二セクション 研究主幹 高柳 智弘
● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター 界面反応場研究グループ 南川 卓也
● 原子力科学研究所 原子力基礎工学研究センター 熱流動技術開発グループ 上澤 伸一郎
● 福島研究開発部門 廃炉環境国際共同研究センター 広域モニタリング調査研究グループ 佐々木 美雪
● 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター 重元素核科学研究グループ オルランディ リカルド
● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター ナノスケール構造機能材料科学研究グループ 保田 諭
● J-PARCセンター 加速器ディジョン 加速器第三セクション 原田 寛之
● 原子力基礎工学研究センター 性能高度化技術開発グループ 鈴木 恵理子
● 原子力科学研究部門 物質科学研究センター 階層構造研究グループ 関根 由莉奈
● 原子力科学研究所 バックエンド技術部 放射性廃棄物管理第1課 桑原 彬
● 核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部 環境監視課 藤田 博喜
● 東濃地科学センター 地層科学研究部 年代測定技術開発グループ 藤田 奈津子
● 原子力科学研究所 放射線管理部 放射線計測技術課 西野 翔
● 先端基礎研究センター スピンーエネルギー変換科学研究グループ 松尾 衛
● 原子力基礎工学研究センター 放射化学研究グループ 熊谷 友多
● 大洗研究開発センター 安全管理部環境監視線量計測課 山田 純也
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