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研究者紹介

アインスタイニウムを用いた超重元素の構造研究

原子力科学研究部門 先端基礎研究センター 重元素核科学研究グループ
オルランディ リカルド

「存在する可能性のある最も重い元素は何ですか?」は、原子核物理学にとって基本的な質問の1つである。現在、原子番号(すなわち陽子数)118までの元素が見つかっているがさらに陽子数の多い元素が存在すると予測されている。超重元素と呼ばれるこのような元素は、原子核の内部構造のおかげで存在する。原子核の内部では量子状態の異なる様々な軌道があり、それらに陽子や中性子が配位されている。軌道間のエネルギーギャップが大きい場合には原子核に追加の結合エネルギーをもたらされ、クーロン反発力による原子核の分解を妨げる。横軸を中性子数、縦軸を陽子数として原子核の存在を表す核図表から分かるように、「安定の島」と呼ばれる領域では、陽子数(Z) 114または120、および中性子数(N) 184付近の領域で軌道間のエネルギーギャップが大きくなると予想されている。この大きなエネルギーギャップにより「安定の島」には長寿命の超重元素が存在していると理論計算では予測されている。ただし、「安定の島」の超重元素を実験的に生成することは非常に困難である。

「安定の島」を形成する陽子軌道と中性子軌道を高い精度で予測するために、アインスタイニウム254 (254Es 、Z=99、N=155)の内部構造を調べることにした。球形である「安定の島」の原子核と異なり、254Esはラグビーボールに似た形状に変形している。原子核の変形は軌道の構成を変化させるため、変形した原子核ではZ=100と108及びN=152と162で軌道間のエネルギーギャップが大きくなる。さらに、「安定の島」を形成するいくつかの軌道が原子核の表面近くに現れる。このため、変形した254Esの内部構造から安定の島に関する情報を得ることが可能となる。本研究では254Esがどの程度変形しているか、変形度を調べることにより、超重元素の性質と元素の存在限界を決める予測精度を上げる。

半減期がわずか276日である人工元素254Esは、入手が最も難しい材料の1つである。 米国オークリッジ国立研究所の高中性子束同位体原子炉でのみ製造され、塩の粒の100分の1である約0.0000005グラムの254Esを生成するのに約1年間がかかる。 我々は令和元年に製造された254Esの半分を取得し、この少量の材料から薄膜標的を作成した。

254Esの変形度を求める実験は、原子力機構のタンデム加速器施設で実施した。タンデム加速器で加速されたニッケルビームを254Es標的に照射すると、 ビームとの相互作用により励起された254Esからγ線が放出される。左下の概略図に示すように、254Esと相互作用したニッケルは荷電粒子検出器で検出され、γ線は、12台のγ線検出器で構成された測定装置で検出する。測定装置は、中国の現代物理学研究所(IMP)や大阪大学の共同研究者との協力で構築した。254Esの変形度はγ線スペクトルを解析することによって決定できる。

実験で得られた254Esのγ線スペクトルを右下図に示す。スペクトルでは254Esの励起状態間の遷移で放出されたγ線によるピークが見える。どの状態が励起され、それぞれの状態がどれだけ生成されたかの情報から、254Esの変形度を決定できる。 現在は、254Esのどのような状態が励起されているかを確認している。

254Esの変形度を決定することで、254Esでどのような軌道が内部構造に影響を及ぼしているかがわかる。「安定の島」を形成するいくつかの軌道に関する情報が得られると期待しており、それにより、超重元素の性質や元素の存在限界を予測する理論計算が改善されると考えている。萌芽研究開発制度により、IMPと大阪大学との強力な新しい共同研究体制を構築することができた。

今後は、254Esを用いて、多核子移行反応で安定の島へ向かう中性子数の多い原子核を生成し、励起状態からのγ線を取得することで核構造の変更を調べる予定である。また、原子力機構のタンデム加速器施設では254Es標的以外にも様々な放射性同位元素を標的として使用することも可能であるため、他の標的を用いた測定についても共同研究者と議論を進めている。ウランのような重イオンビームを加速可能な線形加速器を建設することも検討中で、それが実現すれば安定の島に近い超重元素同位体の合成が可能となり、さらに新規性と多様性に富む原子核構造の発見が期待できる。

研究者インタビュー一覧

● 原子力科学研究部門 J-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第二セクション 研究主幹 高柳 智弘
● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター 界面反応場研究グループ 南川 卓也
● 原子力科学研究所 原子力基礎工学研究センター 熱流動技術開発グループ 上澤 伸一郎
● 福島研究開発部門 廃炉環境国際共同研究センター 広域モニタリング調査研究グループ 佐々木 美雪
● 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター 重元素核科学研究グループ オルランディ リカルド
● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター ナノスケール構造機能材料科学研究グループ 保田 諭
● J-PARCセンター 加速器ディジョン 加速器第三セクション 原田 寛之
● 原子力基礎工学研究センター 性能高度化技術開発グループ 鈴木 恵理子
● 原子力科学研究部門 物質科学研究センター 階層構造研究グループ 関根 由莉奈
● 原子力科学研究所 バックエンド技術部 放射性廃棄物管理第1課 桑原 彬
● 核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部 環境監視課 藤田 博喜
● 東濃地科学センター 地層科学研究部 年代測定技術開発グループ 藤田 奈津子
● 原子力科学研究所 放射線管理部 放射線計測技術課 西野 翔
● 先端基礎研究センター スピンーエネルギー変換科学研究グループ 松尾 衛
● 原子力基礎工学研究センター 放射化学研究グループ 熊谷 友多
● 大洗研究開発センター 安全管理部環境監視線量計測課 山田 純也
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