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研究者紹介

In-situ固液界面構造評価によるグラフェンの電気化学反応機構の解明

原子力科学研究所 先端基礎研究センター
ナノスケール構造機能材料科学研究グループ
保田 諭

グラフェンは、炭素原子が亀の子構造をとったシート状で厚さが炭素原子1個分のナノ材料です。また、その特異的な電子・光・触媒物性により、2010年のノーベル物理学賞の対象材料になりました。このような興味深い物性のなかで、“ドーピング”によって様々な機能を発現できる特徴を有しています。“ドーピング”とは、原子や電子などをグラフェンの中に置き換えたり、注入することであり、その物性を大きく変化させることが可能です。本研究では、電気化学反応を用いてグラフェンに電子を“ドーピング”し(以下、「電気化学ドーピング」)、新しい機能性材料を創製することを目的に研究を進めてきています。

電気化学ドーピングとは、いわば、溶液中での電気化学反応を利用してグラフェンに電子を注入する方法です。電気化学反応には二本の電極が必要ですが、そのうちの一つの金属電極表面にグラフェンを貼り付けた、グラフェン電極を準備します。このグラフェン電極ともう一つの金属電極を電解質溶液の中に入れて、グラフェン電極が陰極になるように二つの電極間に電池をつなげることで反応を起こします。そうすると、グラフェン電極表面にはマイナスの電荷、すなわち電子がドーピングされ、もうひとつの金属電極にはプラスの電荷が集まります。電極間には電圧差が生じますが、そのほとんどが電極界面に加わります。非常にざっくりな話になりますが、たとえば1Vの電池をつなげた場合、表面と水溶液が接しているわずか1nm(1x10-9nm)の厚さの領域の中に1Vの電圧が加わることになります(1nmの厚さとは水分子3個分程度の厚さ)。つまり、グラフェンに電子をドーピングすると、水溶液界面部位には、107~109V/m程度の強い電界が加わるため(身近な静電気は、103~104V/m)、グラフェン表面近傍の水分子や電解質のイオンの吸脱着だけでなく電子移動反応が起きます。

電子のドーピングによって、グラフェン界面で様々な反応が起き、その電子物性が大きく変化するのですが、この特徴を利用して、溶液中で起きる様々な触媒作用や、特定の生体分子と反応するバイオセンサーとしての応用が検討されています。これら触媒能やバイオセンシング能を発現させるためには、電気化学反応に寄与する部分であるグラフェン表面や吸着しているイオンといった固液界面の挙動を理解することが重要となってきます。しかしながら、これら知見について全く得られていないのが現状です。

本研究では、電気化学ドーピング時におけるグラフェンとイオンの界面挙動について、その場観察ができる電気化学ラマン分光と電気化学表面X線散乱法を用いてそれぞれ評価を行いました。グラフェン電極には、電気化学的に安定で研究用の電極金属としてよく利用されているAu(金)表面上にグラフェンを被膜したものを用いました。化学気相蒸着法と呼ばれる手法によりAu電極上にグラフェンを被膜します。

このグラフェン電極を用いて電気化学ラマン分光法を用いて電気化学ドーピング時におけるグラフェンの構造変化や電子ドーピングに関する評価を行いました。測定の結果、電極に大きな負の電位を加えて電子ドーピングをしていくと、ある一定の負電位において顕著なスペクトルの変化が観察されました。詳細な分析から、ある一定の負電位印加でグラフェンに急激な電子ドーピングが起きること、またその結晶構造が大きく歪むことが明らかとなりました。

この知見をもとに、電気化学反応中のグラフェン表面近傍の電解質イオンの挙動に関する情報を得ることができる電気化学表面X線散乱分光を行いました。測定の結果、電気化学ラマンスペクトルで大きな変化が観察される負電位まで電位を加えると、X散乱スペクトルにおいても大きなスペクトル変化が観察されました。表面X線散乱スペクトルは、グラフェン電極の垂直方向の数原子分の配列構造を反映したスペクトルであるため、Au電極表面のAu原子、グラフェン、電解質イオン(カリウムイオン(K+))の配列モデルを過程し、得られたスペクトルから配列構造のパラメータを抽出しました。その結果、グラフェン電極が正電荷に帯電する電位0Vでの場合では、グラフェン表面は水の層で覆われるが、大きなスペクトル変化が観察される負電位においては、カリウムイオン水和物は、一部、脱水和してグラフェン表面に大量に吸着することを明らかにしました。この結果から、大きな負電圧で観察された急激な電子ドーピングとグラフェンの結晶構造歪みは、カリウムイオン水和物の水分子が一部、脱離し、カリウムイオンのプラスの電荷がグラフェン表面と相互作用することで、Au電極から多量の電子がグラフェンに移動したと同時に、グラフェンの構造を歪ませたのではないかと考えています。

本研究により、グラフェンへの電気化学ドーピング時における、グラフェン-電解質界面における挙動について詳細な知見を得ることができました。これらの結果は、電気化学反応時におけるグラフェンとイオンとの相互作用が重要であること、将来的には、様々な電解質イオンを用いることで、グラフェンへのドーピング状態を制御できることを示す貴重な成果となったものと考えています。

萌芽研究開発制度で得た本研究は基礎研究ではありますが、得られた成果はグラフェン電極を用いたバイオセンシングや電極触媒を創製する、重要な足がかりとなり、将来利用の礎となる萌芽研究となりました。本研究は、すでに学会発表をしており科学ジャーナルの論文の一部となっています。また、新たに採択された科学研究費補助金 基盤(B)(令和3年~令和5年度)の課題において、萌芽研究開発制度で得られた成果をより発展させていく予定です。

電気化学ラマン及び電気化学表面X線散乱分光のスペクトル.電気化学表面X線散乱分光は、SPring-8, BL14B1で、物質科学研究センターの田村和久博士のご協力により測定を行いました。

研究者インタビュー一覧

● 原子力科学研究部門 J-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第二セクション 研究主幹 高柳 智弘
● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター 界面反応場研究グループ 南川 卓也
● 原子力科学研究所 原子力基礎工学研究センター 熱流動技術開発グループ 上澤 伸一郎
● 福島研究開発部門 廃炉環境国際共同研究センター 広域モニタリング調査研究グループ 佐々木 美雪
● 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター 重元素核科学研究グループ オルランディ リカルド
● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター ナノスケール構造機能材料科学研究グループ 保田 諭
● J-PARCセンター 加速器ディジョン 加速器第三セクション 原田 寛之
● 原子力基礎工学研究センター 性能高度化技術開発グループ 鈴木 恵理子
● 原子力科学研究部門 物質科学研究センター 階層構造研究グループ 関根 由莉奈
● 原子力科学研究所 バックエンド技術部 放射性廃棄物管理第1課 桑原 彬
● 核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部 環境監視課 藤田 博喜
● 東濃地科学センター 地層科学研究部 年代測定技術開発グループ 藤田 奈津子
● 原子力科学研究所 放射線管理部 放射線計測技術課 西野 翔
● 先端基礎研究センター スピンーエネルギー変換科学研究グループ 松尾 衛
● 原子力基礎工学研究センター 放射化学研究グループ 熊谷 友多
● 大洗研究開発センター 安全管理部環境監視線量計測課 山田 純也
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