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研究者紹介

次世代大強度陽子加速器に必須な革新的なレーザー荷電変換入射実現に向けたレーザー駆動システムの開発

J-PARCセンター 加速器ディジョン 加速器第三セクション 原田 寛之

本研究では、新たに提案した「レーザー荷電変換入射」の実現を目指して研究開発を進めております。これが実現すると、学術研究や産業利用の研究基盤となっている大強度陽子加速器のさらなる大強度化に向けた世界的な課題の克服に直結します。

日本が誇る大強度陽子加速器施設J-PARC は、ほぼ光速まで加速した世界屈指(MW級)の大強度の陽子ビームから、多彩な二次粒子ビーム(中性子、ミュオン、ニュートリノ、K中間子など)を作り出し、原子・分子の構造観察から物質・生命の起源を探る研究や、素粒子や原子核の研究から宇宙の始まりの謎を解く研究などの、基礎科学から産業応用まで多様な研究・開発を推進する最先端の研究施設です。そのビーム強度は、国際競争の激しい稀な物理事象の探索や実験研究の効率・精度を決定する重要なものです。例えば、1年間のデーター取得が必要な実験が、100倍の強度のビームを用いると約4日で完了します。世界的には、大強度陽子加速器は米国、英国、中国でも稼働しており、欧州においては大型研究計画として新たに建設が進められているなど、将来のさらなる大強度化が望まれております。

J-PARCは、400MeV線形加速器(速度:光速の71%)、3GeVシンクロトロン(円形加速器、速度:光速の97%)、30GeV主リングシンクロトロン(円形加速器、速度:光速の99.95%)の3基の大型加速器で構成されております。1基目の線形加速器で加速された負水素イオン を、2基目の3GeVシンクロトロンの入射点に設置された炭素膜に通過させることで2個の電子を剥ぎ取っております。それにより負水素イオンを陽子へと変換しながら円形加速器内にビームを重ねることで、大強度のビーム蓄積を実現しております。これは、「荷電変換入射」と呼ばれ、世界の大強度陽子加速器では必ず採用されている方式です。しかし、炭素膜に大量のビームを通過させる衝突型の方式であり、その膜への熱付加などによる膜の短寿命化、膜で散乱された陽子が周辺機器に衝突することによる機器の高放射化が、大強度ゆえに世界的な課題となってきました。J-PARCにおいても、膜への衝突回数を低減するなどの有効な措置を取り、大強度ビーム出力を達成しておりますが、さらなる大強度化を目指す上で原理的に発生するこの課題を解決する必要があります。

そこで、本研究では、レーザーを用いて負水素イオン内の2個の電子のみに作用させる非衝突型の「レーザー荷電変換入射」を革新的な方式として新たに提案しております。これは、炭素膜に代わりレーザーの光を入射点に照射し、電子をはぎ取る方式です。電子は原子が持つエネルギー準位に束縛されており、その準位に対応した波長の光を与えることで原子から放出されます。ここで重要なのは、イオンに作用するレーザー光の波長を完全に制御しなければなりません。しかし、本研究で実現したい負水素イオンは、光速の71%まで加速しているため、ドップラー効果 による波長シフトを考量しなければならず、ビームの進行方向に対するレーザー照射角の高精度な制御が重要な基盤技術となります。

そこで本研究では、レーザー光源や照射点の位置を変えることなく、照射角のみを制御できる「レーザー駆動システム」の開発に取り組みました。このシステムは、直線駆動型の高性能ステージの上に、回転駆動型の高性能ステージを組み合わせ、回転軸上にレーザー反射用のミラーを取り付けたものです。開発後、レーザーを用いてそのシステムの性能を評価しました。その結果、当初の目標通りに、レーザー照射目標の位置が変わることなく、照射角のみを0度から15度まで制御することができました。この成果は、次世代の大強度陽子加速器に大きなブレークスルーをもたらす革新的な「レーザー荷電変換入射」の基盤技術の一つを確立・達成したことを意味します。本内容はすでに論文や学会においても発表しており、多くの研究者らの目にとまることで、大幅な研究体制の拡大へと発展しました。

今後の展開としては、新たに締結した電気通信大学・レーザー新世代研究センターとの共同研究(平成30年度~)、採択された日米科学技術協力事業として実施する米国フェルミ国立加速器研究所との共同研究(平成30年度~)、さらに採択された科学研究費補助金・基盤B(令和2年度~6年度)に引き継ぐ形で展開していきます。

i 陽子とは中性子と共に原子核を構成する粒子で、水素イオンは陽子そのものです。大強度陽子加速器施設J-PARCは、Japan Proton Accelerator Research Complexの略称で、日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構との共同プロジェクトです。ビーム強度(W)は、エネルギー(eV)×平均電流(A)で定義され、強度が高いほど大量の二次粒子が生成されます。

ii 負水素イオンは、陽子1個と電子2個からなり、負の電荷を帯びております。エネルギーの単位eVは、電子ボルトと呼ばれ、電荷1の荷電粒子が1Vの電位差を通過した際に得るエネルギーです。その単位に含まれるMはメガ(100万)、Gはギガ(10億)を意味しております。

iii ドップラー効果とは、波の発生源と観測者との相対的な速度によって、観測者の感じる波の波長が変化する効果です。有名な例としては、救急車が通り過ぎる際、近づくときはサイレンの音が高く聞こえ(音波の波長が短い)、遠ざかるときは低く聞こえます(音波の波長が長い)。本研究の場合、ビームが進行する後方からレーザーを照射すると波長が長くなり、前方からだと波長が短くなります。

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