研究者紹介

高エンタルピープラズマ風洞の凍結流を用いた同位体比直接分析法の開発
原子力科学研究所 バックエンド技術部 放射性廃棄物管理第1課
桑原 彬
原子力科学研究所の放射性廃棄物処理場では、当研究所内の研究施設で発生した放射性廃棄物を管理(処理又は保管廃棄)しており、将来的には、最終処分を目指しております。現在は、最終処分に向け、放射性廃棄物の処理を行っておりますが、処分場が設置された際に、放射性物質の種類と量を把握した上で、安定した状態で処分場に搬入する必要があります。
放射性廃棄物処理場では、現在、固体廃棄物については、焼却処理、圧縮処理等の減容処理、液体廃棄物については、蒸発処理、その後の固形化を行っております。(斜字は、補足説明事項)
これらの放射性廃棄物を安全に取り扱い、最終処分を完遂するためには、放射性物質の分析が要求されます。従来、これまでの分析については、質量分析装置(主に誘導結合プラズマ質量分析装置:ICP-MS)が用いられてきましたが、質量分析装置はイオンの質量を識別する手法であることから、例えば、質量が同じウランとプルトニウム(同重体)を識別することができません。この理由から、サンプル内に同重体が存在する場合には、サンプルを装置に導入する前に、化学的な分離操作により、同重体を含む元素を除去する必要があります。しかしながら、この化学的な分離操作を主とする前処理作業は、サンプルに依っては数週間を要することから、迅速な分析が要求される場合には適しておりません。また、福島第一原子力発電所内で発生した高放射線量のサンプルの場合には、人の手による作業を行うことができないことから、遠隔での分析が不可欠になります。
近年では、サンプルの前処理を省略した遠隔分析を実現するため、高温プラズマとレーザー分光を組み合わせた手法が開発されてきました。この手法は、高強度レーザーを固体状のサンプル表面に照射し、そこで生じる高温プラズマに対して、計測用レーザーの吸収量から特定元素の同位体の存在比を測定するものです。
同じ元素であっても、同位体間では、質量が異なるため、同位体毎にスペクトルが分裂する現象があります。レーザー分光とは、波長軸上において、このスペクトルの分裂(同位体シフトと呼ばれます。)を観測するものです。
しかしながら、高温プラズマ中では、各同位体のスペクトルが広がってしまい、同位体を識別するだけの波長分解能が得られないため、同位体シフト量が大きく、高温プラズマ中でも識別可能なウラン、プルトニウムに適用先が限定されていました。この理由から、同位体シフトを識別するためには、プラズマの温度を下げるのが最も有効な手段であると考えられます。
そこで、本研究では、サンプルをプラズマ化するための高温環境と、レーザー分光で同位体シフトを識別するための低温環境を、1つの装置内で実現するため、従来は航空宇宙分野で利用されている超音速プラズマ風洞を原子力分野の分析に応用することを着想しました。
超音速プラズマ風洞は、ノズルと呼ばれる直径数ミリ(本研究では、1ミリを採用しました。)の穴を介して真空ポンプを用いて圧力差を生成することにより、ノズル上流で直流放電により生成したプラズマが、下流でジェットとして噴き出す装置です。このジェットは、秒速数キロメートルまで加速されることから、航空宇宙分野では、惑星探査時の大気圏突入シミュレーターとして利用されております。
本研究の成果としては、装置を一から設計・製作し、レーザー分光によって製作した装置の性能を評価しました。評価の対象としては、①サンプルのプラズマ化の高温環境が達成できているか、②同位体シフトを観測するための低温環境が達成できているか、の観点で実施しました。①については、約6,000℃の環境が生成されていることを明らかにしました。次に、②についてですが、キセノン(気体)を分析対象とした実証実験において、超音速まで加速したプラズマの温度が約マイナス90℃まで冷却されていることを発見しました。この結果は、超音速プラズマ風洞を航空宇宙分野から原子力分野の分析に応用したことで発見された重要な結果であり、本手法の有用性を示すものです。この低温環境に生成によって、スペクトル幅は従来の高温プラズマから約1/8~1/10までシャープになることが予測されるため、これまで識別できなかった同位体の識別が可能になりました。本内容はすでに論文や学会においても発表しています。
本制度により、将来、これまでの分析に対して、大きなブレークスルーをもたらす革新的な直接分析の可能性を示唆する、重要な結果及び今後の展開を期待させる萌芽が生まれました。今後の展開としては、本制度で育まれた萌芽を踏まえ、新たなアイデアを追加した研究で採択された科学研究費補助金 若手研究(平成30~令和2年度)の課題に引き継ぐ形で展開していきます。
超音速プラズマ風洞の主要部品
超音速プラズマ風洞の作動時の様子
研究者インタビュー一覧
- ● 原子力科学研究部門 J-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第二セクション 研究主幹 高柳 智弘
- ● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター 界面反応場研究グループ 南川 卓也
- ● 原子力科学研究所 原子力基礎工学研究センター 熱流動技術開発グループ 上澤 伸一郎
- ● 福島研究開発部門 廃炉環境国際共同研究センター 広域モニタリング調査研究グループ 佐々木 美雪
- ● 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター 重元素核科学研究グループ オルランディ リカルド
- ● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター ナノスケール構造機能材料科学研究グループ 保田 諭
- ● J-PARCセンター 加速器ディジョン 加速器第三セクション 原田 寛之
- ● 原子力基礎工学研究センター 性能高度化技術開発グループ 鈴木 恵理子
- ● 原子力科学研究部門 物質科学研究センター 階層構造研究グループ 関根 由莉奈
- ● 原子力科学研究所 バックエンド技術部 放射性廃棄物管理第1課 桑原 彬
- ● 核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部 環境監視課 藤田 博喜
- ● 東濃地科学センター 地層科学研究部 年代測定技術開発グループ 藤田 奈津子
- ● 原子力科学研究所 放射線管理部 放射線計測技術課 西野 翔
- ● 先端基礎研究センター スピンーエネルギー変換科学研究グループ 松尾 衛
- ● 原子力基礎工学研究センター 放射化学研究グループ 熊谷 友多
- ● 大洗研究開発センター 安全管理部環境監視線量計測課 山田 純也