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研究者紹介

チャネリング コヒーレント電離によるAMSの同重体分別法の開発

東濃地科学センター 地層科学研究部 年代測定技術開発グループ 藤田 奈津子
株式会社ペスコ 松原 章浩

東濃地科学センターでは、地層処分において考慮すべき自然現象である過去の断層活動や火成活動の時期、また隆起・浸食などの傾向速度を精度よく把握することが必要と考え年代測定技術の開発を行っています。年代測定技術の高度化・標準化は極めて重要かつ基盤的な要素技術であり、なかでも加速器質量分析 (Accleralator Mass Spectrometry: AMS)では、地球科学等で有用な放射性核種である14C、10Be、36Cl、26Al、129Iなどの多核種を超高感度で分析できるため、高度化が望まれています。同重体が存在するAMSを行う場合、原子番号が大きくなると検出器において上記の分析目的核種と等しい質量電荷比を持つ同重体のスペクトルが近接し測定が困難になりその結果大型の加速器が必要となります。例えば地下水の滞留時間の評価等に利用できる36Clは同重体として36Sが測定中に検出器まで入ってきてしまい、これを精度よく分けるためには最低6 MV程度の加速電圧が必要であると言われています。しかし、この同重体分別の問題が解決されると、これまで測定できなかった5 MV以下の加速器でも原子番号の大きな核種の測定が実現可能となり、地質学や地球環境科学分野の利用を促進することが可能です。

そこで本研究では、イオンが結晶通過中に感受する周期場によって発生するコヒーレント共鳴励起(Resonant Coherent Excitation: RCE)を基にした新しい同重体分別技術(特許第6086587、原子力機構)の実証実験を行いました。本研究は寄附金を利用した機構内競争的研究資金制度の枠組みのもと、JAEA東濃、株式会社ペスコ、奈良女子大学の3社で研究を行いました。実験に使用した装置は、東濃地科学センターの加速器質量分析施設(JAEA-AMS-TONO)のAMS装置です(図1)。図1の中の実験領域には単結晶薄膜、静電偏向器及び検出器となる電離箱までが組み込まれています。本制度で配布された予算の半分程度は、実験領域の一部を収める真空チェンバー(図2)の製作に使用しました。この中に、単結晶薄膜およびこれを支持し角度を制御するためのゴニオメータと、目的核種と同重体を分けるための静電偏向器が配置されています。

またRCEにかかわる単結晶薄膜の膜厚の検討も行いました。RCEを鮮明にする、イオンと結晶内の電子の衝突による膜内でのイオンのランダム過程を抑える必要があります。通常使用される膜の数百nmの厚みでは、当AMS装置は上述の最大加速電圧5 MVから得られるイオンエネルギー(核子当たり1 MeV程度)ではRCEを鮮明にするには低いと考えられます。そこでシミュレーションにより薄膜の厚さを検討した結果、現在の薄膜で世界最薄となる30 nmの単結晶薄膜を使用することでランダム過程を低減でき、当AMS装置でもRCE観測できる可能性があることを突き止めました。

並行して当施設で既存の200 nmの単結晶薄膜を使用して技術基盤の整備も行いました。具体的にはチャネリング技術の構築及び荷電分布取得技術の構築を行いました。この整備中に、新たな発見としてRCEを起こす前段階のチャネリング状態だけでも分別能力が高いことを世界に先駆けて実証することにも成功しました。本内容はすでに国内および国外の特許出願済みであり、論文や学会においても発表しています。

本制度により、東濃地科学センターの長期中核的プロジェクトである年代測定技術開発に対して、将来、革新的展開をもたらす可能性のある、斬新で挑戦的な研究・開発の萌芽が育まれました。本研究開発は、現時点では基礎実験の段階に過ぎませんが、これまでのチャネリングに係る一連の取組みは、『イオンビーム機能性透過膜及びイオンビーム機能性透過膜の調整方法』という上記の発明に繋がり、特許出願という副次的な成果をもたらしました。人材育成面では、本研究開発に参画した学生が量研機構(旧原子力機構)の高崎量子応用研究所に入所したことで、若手研究者、技術者育成という本制度の一つの趣旨と適った結果になりました。今後の展開としては、本制度で育まれた萌芽の延長線上にある研究で採択された科学研究費補助金 基盤研究C(平成29~31年度)の課題に引き継ぐ形で展開していきます。


図1.実験に用いた東濃地科学センターの加速器質量分析装置と本実験に関わる実験領域。


図2.本制度で製作した実験領域の真空チェンバーとその写真

研究者インタビュー一覧

● 原子力科学研究部門 J-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第二セクション 研究主幹 高柳 智弘
● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター 界面反応場研究グループ 南川 卓也
● 原子力科学研究所 原子力基礎工学研究センター 熱流動技術開発グループ 上澤 伸一郎
● 福島研究開発部門 廃炉環境国際共同研究センター 広域モニタリング調査研究グループ 佐々木 美雪
● 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター 重元素核科学研究グループ オルランディ リカルド
● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター ナノスケール構造機能材料科学研究グループ 保田 諭
● J-PARCセンター 加速器ディジョン 加速器第三セクション 原田 寛之
● 原子力基礎工学研究センター 性能高度化技術開発グループ 鈴木 恵理子
● 原子力科学研究部門 物質科学研究センター 階層構造研究グループ 関根 由莉奈
● 原子力科学研究所 バックエンド技術部 放射性廃棄物管理第1課 桑原 彬
● 核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部 環境監視課 藤田 博喜
● 東濃地科学センター 地層科学研究部 年代測定技術開発グループ 藤田 奈津子
● 原子力科学研究所 放射線管理部 放射線計測技術課 西野 翔
● 先端基礎研究センター スピンーエネルギー変換科学研究グループ 松尾 衛
● 原子力基礎工学研究センター 放射化学研究グループ 熊谷 友多
● 大洗研究開発センター 安全管理部環境監視線量計測課 山田 純也
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