研究者紹介

スピン流注入による流体運動
先端基礎研究センター スピンーエネルギー変換科学研究グループ
松尾 衛
私たちの身の回りの物質中に存在する電子は、「スピン」と呼ばれる自転運動をしていることが分かっています。この自転運動は、宇宙の始まりから終わりまで永久に途絶えることはなく、電子はこの自転運動のために小さな磁石としての性質を持ちます。つまり、電子は永久に回転し続けるモーターであると同時に磁石なのです。この「スピン」の性質は、図1のように、電子を「小さな棒磁石に回転歯車が合体したもの」だと考えると、イメージしやすくなると思います。
(図1. 磁気の性質と自転運動の性質をイメージするための図。電子は右上図のように棒磁石と回転歯車が組み合わさっているものと考える。通常は自転方向がバラバラのためエネルギーを取り出せないが、液体金属に圧力をかけて流れを作ると渦運動が生じ、渦運動と電子の「回転歯車」がうまくかみ合って自転の向きを一斉に揃えることができ、電気エネルギーが取り出せる。)
通常の物質中では電子の自転運動の向きがバラバラのために、モーターの性質も磁石の性質も打ち消し合ってしまい、我々はスピンの性質を利用できません。一方で、鉄のような特殊な物質中では電子の自転運動の向きが揃っているため、磁気を帯びています。同時に鉄が帯びている磁気の大きさを変化させると、鉄を回転させることができます。この現象は、約100年前にアインシュタインによって発見されました(アインシュタインは理論家として知られていますが、「生涯唯一の実験」として知られる有名な実験によってこの現象を発見しました)。
鉄のような特殊な物質中ではスピンの向きが揃っているので、鉄は磁石としての性質を持ちますが、通常、私たちの身の回りの物質中の電子たちのスピンの向きはバラバラなので、モーターや磁石としての性質は互いに打ち消されており、直接利用することはできません。
ところが、近年、ナノテクノロジーの発展に伴って、物質中の電子たちのスピンを一斉に揃えながら電子の流れを作り出す技術が実現しました。この流れは「スピン流」と呼ばれ、「電流」が電気の流れであったのに対して、「スピン流」は磁気の流れといえます。これまでにスピン流を用いた様々な次世代デバイス研究開発が世界中で進められていますが、スピン流を生成するために利用されてきた物質は固体に限られてきました。
私たちは水銀やガリウム合金のような液体金属で、金属の流れによって生じる渦運動とその金属中の電子のスピンが相互作用し、スピン流を生成できることを理論計算により発見しました。また、実際に直径数百ミクロンの細管に液体金属を流すことで、渦運動によってスピン流が生み出された結果100ナノボルトの電気信号が得られることを明らかにしました(図2)。この研究成果は、これまで利用されてきた固体材料ではなく、液体材料を用いてスピン流を生みだした世界初の成功例として注目を集め、複数の一流雑誌において解説記事が掲載されました。
(図2. 液体金属流によって生じた電圧Vの時間依存性。液体金属流を生じさせるために時刻0secから10secまでの間、圧力を印加しており、圧力の印加中のみ電圧が生じる。印加した圧力(0.1MPaから0.6MPa)を大きくすると取り出せる電圧も大きくなる。)
今回発見した新しい発電法は、従来の発電機のタービンのような構造物を一切必要としないので、発電装置の超小型化を可能にすることが期待されます。
研究者インタビュー一覧
- ● 原子力科学研究部門 J-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第二セクション 研究主幹 高柳 智弘
- ● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター 界面反応場研究グループ 南川 卓也
- ● 原子力科学研究所 原子力基礎工学研究センター 熱流動技術開発グループ 上澤 伸一郎
- ● 福島研究開発部門 廃炉環境国際共同研究センター 広域モニタリング調査研究グループ 佐々木 美雪
- ● 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター 重元素核科学研究グループ オルランディ リカルド
- ● 原子力科学研究所 先端基礎研究センター ナノスケール構造機能材料科学研究グループ 保田 諭
- ● J-PARCセンター 加速器ディジョン 加速器第三セクション 原田 寛之
- ● 原子力基礎工学研究センター 性能高度化技術開発グループ 鈴木 恵理子
- ● 原子力科学研究部門 物質科学研究センター 階層構造研究グループ 関根 由莉奈
- ● 原子力科学研究所 バックエンド技術部 放射性廃棄物管理第1課 桑原 彬
- ● 核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部 環境監視課 藤田 博喜
- ● 東濃地科学センター 地層科学研究部 年代測定技術開発グループ 藤田 奈津子
- ● 原子力科学研究所 放射線管理部 放射線計測技術課 西野 翔
- ● 先端基礎研究センター スピンーエネルギー変換科学研究グループ 松尾 衛
- ● 原子力基礎工学研究センター 放射化学研究グループ 熊谷 友多
- ● 大洗研究開発センター 安全管理部環境監視線量計測課 山田 純也