平成30年11月30日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
LA-ICP質量分析法によるウミツボミの分析例
生息年代が既知である示準化石(ウミツボミ:Pentremites sp.)について、LA-ICP質量分析法を用いて年代測定を実施。赤枠の領域は年代測定可能な領域を事前に把握するためにイメージングを実施した領域。その右に示す図がイメージング分析により得られた206Pb/208Pb比を示したもの。イメージング図上で白枠で示したような高い値(暖色)を示す領域が年代測定可能な領域。
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄)東濃地科学センターネオテクトニクス研究グループの横山立憲研究員らは、海洋研究開発機構、(株)京都フィッション・トラック、東京大学、学習院大学と共同で、炭酸塩鉱物の微小領域を対象とした年代測定技術を開発しました。この研究は、地層処分技術における地質環境の長期安定性に関する研究の一環として、経済産業省資源エネルギー庁の委託事業(地質環境長期安定性評価確証技術開発)の中で行ったものです。
炭酸カルシウムなどの炭酸塩鉱物は、地下では岩石と地下水が反応し沈殿してできることから、沈殿時の地下水の化学組成などの情報が炭酸塩鉱物中に含まれる成分の違いとして保存されます。そのため、“地下水の化石”とも呼べる鉱物です。炭酸塩鉱物から過去の地下水の水質や流れる水みちの変化を知るためには、年輪のような沈殿層ごとの成分や年代を調べる必要があり、従来の化学的処理に代わるマイクロメートルサイズの粒子や領域を測ることができる局所分析技術の開発が必要でした。この技術の開発では、年代測定結果の補正に必要な標準試料が欠如していることや、分析可能な領域の選択などに課題がありました。
本研究では、局所分析を可能とするため、レーザーアブレーション装置1)を試料導入部に備えた誘導結合プラズマ質量分析装置2)を用いました。また、標準試料については、既知の候補試料の適用確認とともに、標準試料を必要としない分析条件の検討を行いました。さらに分析可能な領域の選択のため、試料中の元素や同位体の分布情報を二次元的に画像化する同位体イメージング技術を適用しました。
構築した局所分析システムを使って、炭酸塩質の骨格を持ち、生息年代が既知のウミツボミの化石を年代測定した結果、生息年代範囲とよく一致する年代値を得ることができ、微小領域を対象とした炭酸塩鉱物の年代測定に国内で初めて成功しました。
この技術を用いて地層中の炭酸塩鉱物の生成年代を得ることで、過去の地下水の水質や水みちの変遷の解明が進み、地質環境の長期安定性の評価技術の高度化や古環境復元に係る科学的研究の発展に貢献できるものと期待されます。
なお、本研究成果は平成30年11月30日に国際論文誌「Geochemical Journal、2018、52巻」に掲載されました。
高レベル放射性廃棄物の地層処分は、金属材料などからなる人工バリアと天然の地層を適切に組み合わせた多重バリアシステムによって、数万年以上に及ぶ極めて長い時間のスケールで、廃棄物を地下深く人間の生活環境から遠ざけることにより安全を確保しようとするものです。日本列島は変動帯に位置しており、諸外国に比べて地殻変動や火成活動などが活発であるため、将来の自然現象に伴う地質環境の変動スケールやそのレジリアンス(復元性)を把握しておくことが重要となります。将来の地質環境の変動を評価する上では、過去の地質環境の変遷を解読し、その傾向を将来に向けて外挿して予測する必要があります。
炭酸塩鉱物は、岩種や岩盤の形成過程によらず岩盤中に広く一般的に産出するため、汎用的な古環境の指標として利用可能な鉱物として注目されています。炭酸カルシウムなどの炭酸塩鉱物は、水と二酸化炭素および岩石層から供給されるカルシウムなどが反応・沈殿し生成されます。そのため、生成された沈殿層ごとの炭酸塩鉱物の化学分析から得られる化学組成や生成年代の情報から、地質環境における過去の地下水の水質の変化や地下水流動経路の変化を読み解くことができると考えられます。
炭酸塩鉱物の化学分析や年代測定は、これまで、試料を酸で分解し溶液化して分析する手法を用いて実施されてきました。例えば、鉱物の生成過程において水質が変化した場合や、鉱物がゆっくりと生成された場合は、マイクロメートルサイズで化学組成等の差が生じると考えられます。また、結晶面が発達した多くの炭酸塩鉱物では、生成の過程に伴うマイクロメートルサイズの縞状の構造(累帯構造)が確認されます。これまでの手法では試料の前処理が煩雑な上に、マイクロメートルサイズの領域で鉱物の化学組成および同位体組成に差がある場合でも、溶液化の過程で位置情報が失われ、位置による組成差を捉えることができません。そこで、炭酸塩鉱物の数十マイクロメートルほどの領域について、化学分析や年代測定を可能とする局所分析手法を確立することを目的として、海洋研究開発機構、(株)京都フィッション・トラック、東京大学および学習院大学の研究者と共同研究を実施しました。
分析装置には、レーザーアブレーション装置1)を試料導入部に備えた誘導結合プラズマ質量分析装置2)(LA-ICP質量分析装置)を用いました。また、年代測定には、これまでの炭酸塩鉱物の年代測定でも用いられていた、ウラン(U)が鉛(Pb)に放射壊変する性質を利用して年代値を求めるU-Pb年代測定法3)を採用しました。
本研究では、二つの分析上の課題がありました。
一つ目の課題は、分析値の補正や精度の向上に関するものです。分析値の補正には標準試料が必要となります。標準試料とは、分析時に主に対象とする物質の違いにより生じると考えられる元素分別効果4)を補正する校正用の試料です。そこで、本研究では、既往の研究で標準試料候補として提唱された炭酸塩質のWC-1(Roberts et al., 2017[1])を用いて分析を実施することとしました。さらに、LA-ICP質量分析装置のイオン化部(アルゴンプラズマ)での酸化物の生成が分析精度の低下を引き起こしていると推測されたため、窒素ガスをイオン化部に供給してプラズマを高温・高エネルギー化させることを試みました。
二つ目の課題は、分析領域の選択方法に関するものです。U-Pb年代測定法は、親核種のウランの壊変を捉える手法であることから、ウランの濃度が低い試料については、高精度な年代測定が困難となります。炭酸塩鉱物は、期待されるウランの含有量が少ないため、分析試料及び分析領域の選択が重要でした。そこで、本研究では、年代測定を実施する前に、ウランの濃度が高い領域を事前に把握することを目的として、試料中の元素や同位体の分布情報を二次元的に画像化するイメージング分析を手順として取り入れました。
およその年代値が判明している炭酸塩質の示準化石(ウミツボミ: Pentremites sp.)を対象として年代測定を実施したところ、イメージング分析によって得られたウラン濃度の高い領域を分析対象として得られた年代値は、化石試料の生息年代と良い一致を示しました(図1)。これにより、本手法の有効性が確認されました。局所分析手法を用いて炭酸塩鉱物の年代測定を実施した例は、世界でも未だ研究例が少なく、国内では初めての事例です。また、イオン化部に窒素ガスを用いることで、分析精度の低下の原因と考えられる酸化物の生成を抑制することにより、標準試料のWC-1により補正した年代値と補正を施さない年代値との差がなくなり、マトリックス5)の一致した炭酸塩質の標準試料が必要でないことも示唆されました。このことは、炭酸塩鉱物だけでなく、他の鉱物の年代測定でも、マトリックスの一致した標準試料が必須ではなくなるなど、分析手法の簡便化が進む可能性を示しています。
図1 (左)ウミツボミのイメージング分析結果、 (右)年代測定結果(コンコーディア図6))
(米国オクラホマ州産ウミツボミ(左上写真:殻部分は99%方解石)の赤枠内についてイメージングし、得られる高ウラン濃度の領域(白枠で表示)の年代測定を行った結果、分析値(3億3200万年)は化石の生息年代(3億3900万-3億1800万年)と良く一致した。右図写真中のピンクの丸は、分析した点。)
本研究で開発した炭酸塩鉱物の局所分析法による年代測定により、海水、河川水、熱水などから生成された炭酸塩鉱物のマイクロメートルサイズの生成履歴を解明することが可能になると考えられます。このことから、過去の地殻変動と地下水の水質や流動経路の変化の関係などを解明する手がかりとなることが期待されます。また、炭酸塩質の化石試料の年代を、化学処理などを行わずに直接求める手法として有効であり、古気候・古環境復元の研究にも貢献できると考えられます。さらに、今回の分析で得られた年代値は約3億年という古い年代であるため、事例研究を増やし、より新しい年代を示す炭酸塩鉱物へ応用できるよう手法の改良や分析精度を向上することなどによって、地質環境の長期安定性に関する研究の高度化に寄与することが期待されます。
堆積岩中の割れ目を充填する方解石の例
幌延深地層研究センター地下施設の深度350 m周回坑道(西)の掘削時に採取された岩石試料。岩石の割れ目の大部分が炭酸塩鉱物で充填されている。このような炭酸塩鉱物の年代測定が可能となれば、過去の地下水環境の変遷を知ることができる。(左上)岩石スラブ、(左下)炭酸塩鉱物で充填されている割れ目部分の拡大、(右上)炭酸塩鉱物(方解石)部分の拡大(オープンニコル)、(右下)炭酸塩鉱物(方解石)部分の拡大(クロスニコル)
雑誌名:Geochemical Journal, 52, 531-540 (2018)
論文タイトル:U-Pb dating of calcite using LA-ICP-MS: Instrumental setup for non-matrix-matched age dating and determination of analytical areas using elemental imaging
著者:横山立憲a、木村純一b、三ツ口丈裕a、檀原徹c、平田岳史d、坂田周平e、岩野英樹c、丸山誠司c、常青b、宮崎隆b、村上裕晃a、國分(齋藤)陽子a
岩石などの固体試料の微小な領域(直径数マイクロメートルから数百マイクロメートル)にレーザー光を照射して、試料を蒸発または微粒子化する装置。
試料をイオン化して質量分析する装置の中で、気体に高電圧・高周波をかけることで生まれる10000 K程度の高温のプラズマをイオン化部に用いている装置
放射性核種であるウラン(238U, 235U)が中間生成核種を介して最終的に鉛(206Pb, 207Pb)に放射壊変(変化)することを利用して対象試料の年代を求める手法
分析試料が本来もつ組成が濃縮又は枯渇してしまう現象
共存する主要元素
結晶時に鉛をほとんど含まない鉱物では試料中の鉛は放射性起源同位体と見なすことができる。この時、238U-206Pb系及び235U-207Pb系から得られる年代値は一致しているため、コンコーディア(年代一致曲線)が一義的に決まる。鉱物のU-Pb年代測定では、この曲線を示した図に分析値を載せることで形成年代の推定が可能となる。
[1] Roberts, N. M. W., Rasbury, E. T., Parrish, R. R., Smith, C. J., Horstwood, M. S. A. and Condon, D. J. (2017) A calcite reference material for LA-ICP-MS U-Pb geochronology. Geochemistry, Geophysics, Geosystems, 18, 2807-2814.