東京大学 東京大学大学院理学系研究科・理学部 北九州市立大学


光合成由来のエネルギー源に依存しない地底生態系の解明に成功


1.発表者: 鈴木庸平(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授)

2.発表のポイント: 


3.発表概要: 

我々の住む大地の深部は、過去にマグマが固まることで生じた岩石から構成される。特に花崗岩の量が圧倒的に多いが、地下深部には光が届かず光合成が起こらないため、地底生命は花崗岩の化学成分で生育する必要がある。花崗岩は水と反応すると水素を発生する鉄分が、他のマグマから形成する岩石と比べると少ないため、花崗岩には生態系を育むのに十分なエネルギー源が存在しないと考えられてきた。

東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授らの研究グループは、日本原子力研究開発機構、産業技術総合研究所、名古屋大学、北九州市立大学、茨城高専、海洋研究開発機構、カリフォルニア大学バークレー校との共同研究によって、大型地下研究施設を有する岐阜県の瑞浪超深地層研究所(注5)で、深度300メートルの地下水を地下坑道から採取し(図1)、地下微生物の生態系を調査した。その結果、花崗岩深部でマグマ由来のメタンに依存した微生物生態系が存在することを明らかにした。

今回の発見は、光合成由来のエネルギー源に依存しない生態系が広大な地下空間に存在し、マグマ由来のメタンをエネルギー源とした巨大なバイオマスが、地底に存在する可能性を示すものである。また、地底深部において普遍的に存在するマグマ由来のメタンが、微生物の硫酸呼吸(注6)で酸化されており、その過程で硫化水素を生成することから、放射性核種の移動を抑制する地下水水質が形成されていることも示された。従って地底生命の代謝活動により、高レベル放射性廃棄物地層処分の安全性が高められると期待される。


4.発表内容: 

光合成により生産された有機物と酸素に満ちた地上とは異なり、地底は生物に必要な栄養素が欠乏しているため生命の存在しない「死の世界」と考えられてきた。一方、マグマから形成される岩石は地底の土台を構成し、岩石中には鉄分が多く含まれる場合、鉄分と水が反応して水素が発生し、水素をエネルギー源とした化学合成に基づく地底生態系が存在する説も提唱されている。しかし、その実態については不明な点が多く、地底深部の大部分を占める鉄分に乏しい花崗岩に、光合成由来のエネルギーが表層から届かない場合は、微生物生態系は存在しないと考えられてきた。
本研究グループは、瑞浪超深地層研究所の地下深部の花崗岩から、地下水を採取して化学分析を行った。その結果、光合成由来の有機物がほとんど含まれないにも関わらず、硫酸呼吸や放射性元素のウランで呼吸する微生物が生息していることを明らかにした[1, 2]。本研究グループは、さらに地下水中に生息する微生物の種類と硫酸で呼吸するためのエネルギー源を特定するために、微生物の全ゲノム解析(注7)を実施した。その結果、メタンをエネルギー源とする微生物が主要な生態系の構成種であり、メタンを酸化するために硫酸で呼吸し、硫化水素を生成していることも明らかとなった。メタンの安定同位体(注8)から、メタンは花崗岩を形成したマグマに含まれていたもので、生態系は光合成由来のエネルギー源に依存していないと判断される。

花崗岩は光合成生物が誕生する35億年以前の地球にも豊富に存在しており、地球初期の表層と現在の花崗岩の地下深部は、微生物の生息環境が類似していると推測される。本研究成果は、光合成由来のエネルギー源がなくても、花崗岩中の化学成分のみで生命活動が持続されることを示した点にあり、このことは花崗岩地下深部に適応した生命は太古の姿のまま進化せずに現在に至る可能性を示唆している。瑞浪超深地層研究所の微生物生態系には、共通祖先に近縁な微生物が生息することが本研究グループの研究により明らかにされている[3]。共通祖先に近縁な微生物のゲノム中の遺伝子は、それらのほとんどが機能不明なため、地底での生態は全くわかっていない。地上は地底と大きく環境が異なるため、地上に回収して培養することもできないため、今後岩盤中に栄養を加えて地底で培養を行い、謎につつまれた地底での生態と進化を明らかにする予定である。

[1] Suzuki et al. PLos One, id. 0113063, 2014
[2] Suzuki et al. Scientific Reports, DOI: 10.1038/srep22701
[3] Hug et al. Nature Microbiology, DOI: 10.1038/nmicrobial16048


5.発表雑誌: 

雑誌名:「ISME Journal」
論文タイトル:Ecological and genomic profiling of anaerobic methane-oxidizing archaea in a deep granitic environment
著者:Kohei Ino, Alex W. Hernsdorf, Uta Konno, Mariko Kouduka, Katsunori Yanagawa, Shingo Kato, Michinari Sunamura, Akinari Hirota, Yoko S. Togo, Kazumasa Ito, Akari Fukuda, Teruki Iwatsuki, Takashi Mizuno, Daisuke D. Komatsu, Urumu Tsunogai, Toyoho Ishimura, Yuki Amano, Brian C. Thomas, Jillian F. Banfield, Yohey Suzuki


6.用語解説: 

注1)花崗岩
マグマが地下深部で冷えて固まって形成した深成岩で、他の深成岩と比較すると鉄に乏しい。御影石(みかげいし)として知られ、陸地を構成する岩石の中では非常に一般的で、世界各地で見られる。

注2)マグマ由来のメタン
マグマに含まれるメタンが、冷却して岩石になる際に、岩石中に取り込まれたもの。

注3)微生物生態系
肉眼で見えない単細胞の生物の総称で、細胞内に核を持つ真核生物と異なり、より原始的な細胞を持つ原核生物が今回の研究対象である。

注4)光合成由来のエネルギー源
地上の光合成で生産された炭水化物等の有機物だけでなく、有機物の分解過程で生じた水素やメタンも含まれる。

注5)瑞浪超深地層研究所
主に花崗岩を対象として、実際に地下に立坑及び水平坑道を設置し、岩盤の強さ、地下水の流れ、水質などの包括的な科学研究を行う施設。高レベル放射性廃棄物の地層処分に関わる基盤技術として、岩盤や地下水を調査する技術や解析法、地下深部で必要となる工学技術の向上を目指している。

注6)硫酸呼吸
酸素の替わりに、ミョウバンの成分である硫酸を用いて呼吸すること。硫酸呼吸は硫化水素が生じるため、多くの元素の地下水中での挙動に大きく作用する。

注7)微生物の全ゲノム解析
環境中に生息する微生物からDNAを抽出して、次世代シーケンサーにより決定したDNA配列情報を基に、ゲノム編纂技術により個々の微生物のゲノムを復元する手法。ゲノム中に含まれる遺伝子の機能解析も含まれる。

注8)メタンの安定同位体
原子には陽子の数は同じでも中性子の数が異なるため、質量数が異なる同位体が存在する。炭素原子には主に質量数が12と13の同位体があり、質量数13より質量数12の炭素の方が微生物により利用され易く、生物由来のメタンは質量数12の炭素に富む。反対に、マグマ由来のメタンは質量数13の炭素に富む。

7.添付資料: 

図1
図1. 瑞浪超深地層研究所用地内に建設された大型地下研究施設のレイアウト図。 深度300メートルの掘削孔から採取した地下水を用いて研究が行われ、マグマ由来のメタンをエネルギー源にして硫化水素を発生する微生物と共通祖先に近縁な微生物が生息することが明らかとなった。図の一部は未来へ元気No.41 (https://www.jaea.go.jp/genki/41/ )から一部抜粋。