2025年6月13日
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
国立大学法人 宮崎大学
学校法人 中部大学
国立大学法人 広島大学
国立研究開発法人 理化学研究所
国立大学法人 東海国立大学機構 名古屋大学 素粒子宇宙起源研究所
国立大学法人 千葉大学
東京都公立大学法人 東京都立大学
国立大学法人 茨城大学
KEKが提案した素粒子ミュオンを使うイメージング技術の研究開発3件が「経済安全保障重要技術育成プログラム」に採択されました。他研究機関からの提案で採択された別の3件にも、主たる研究分担者としてKEKの研究者が参加しています。 |
高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、素粒子ミュオンを使った構造物イメージング技術に関する研究開発を加速させます。我が国が国際社会において中長期的に確固たる地位を確保し続ける上で不可欠な要素となる先端的な重要技術について、研究開発及びその成果の活用を推進するため、内閣府主導のもと創設された「経済安全保障重要技術育成プログラム(通称"K Program")」で、科学技術振興機構(JST)が公募した「宇宙線ミュオンを用いた革新的測位・構造物イメージング等応用技術」の実施先の一部として採択されました。実施期間は2024年8月から2029年7月末までの予定です。
ミュオンは電子と似た性質を持つ素粒子です。電子と同じ電荷を持ちますが、質量が電子の200倍ほど重く、さまざまな物質をよく透過する特徴があります。その透過性の高さを利用して、これまでは困難とされた非破壊イメージング(可視化)が可能になりました。すでに火山内部のマグマの存在の特定やピラミッドなどの透視で実用化されています。また、コンテナ積載貨物の検査にも応用されています。
測位への応用も可能です。現在、広く使われている測位技術としては、人工衛星からの電波を用いた全地球測位システム(GPS)がありますが、GPS衛星の電波は地下や海中などには届きません。しかし透過性の高いミュオンを使うと地下や海中などでの測位も可能であり、気象津波の観測なども行われています。
こうした測位やイメージングには宇宙線※1に含まれるミュオンが使われます。ミュオンは宇宙から飛来した一次宇宙線が地球大気の窒素や酸素の原子核に衝突したときに発生する二次宇宙線の一種です。ミュオンは地表でも最も多く観測される二次宇宙線で、私たちの掌を毎秒1個程度が通過しています。
宇宙空間を高エネルギーで飛び交う小さな粒子のことです。太陽や太陽系外から地球の大気圏に到来するものを一次宇宙線といい、多くは陽子やヘリウム原子核です。1次宇宙線が地球大気と衝突して二次的に発生する中間子や電子などを二次宇宙線といいます。
ミュオンは加速器を使って人工的に作ることもできます。加速した陽子を炭素などの標的に当てて発生するパイ中間子が崩壊するとミュオンができ、集めて利用できます。加速器ミュオンは、ミュオンの数が多い(大強度である)うえにエネルギーを制御できるメリットがあり、測位やイメージングに適しています。しかし数百メートルの長さがある大型の加速器が必要であり、どこでも使えるわけではありません。
今回のK Programでは、大型加速器を必要としない宇宙線ミュオンを使った測位やイメージングの革新を目指す研究開発が公募の対象となりました。9件の課題が採択され、うち3件はKEKから提案したものです。
3件のうち2件は宇宙線ミュオンを使ったイメージングや元素分析に関するものです。もう1件は測位やイメージングにより適した加速器ミュオンを今後、普及させるための小型装置の開発に関するものです。
いずれもKEK物質構造科学研究所の研究者が提案者です。研究開発の一部は茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)※2で行う予定です。MLFは、1秒間に約1億個の加速器ミュオンを作れる世界でも有数の施設です。
J-PARCはKEKと日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われています。J-PARC 内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まります。(J-PARCウェブサイトhttps://mlfinfo.jp/ja/)。
また他研究機関からの提案で採択された3件にも分担研究者としてKEKの研究者が参加しています。いずれの研究者も素粒子原子核研究所の所属です。
KEKではこれまで大型の加速器で作られたミュオンを用いる半導体イメージャーの開発を進めてきました。
半導体イメージャーは、電子と同じくマイナスの電荷を持つミュオン(負ミュオン)を試料に照射し、負ミュオンが試料の原子核近くまで接近したときに放出される特性X線(エックス線)を利用します。特性X線の分析から試料に含まれる元素がわかります。
しかし、X線を受けるセンサーが「点」でしか観測できないことが課題です。元素の分布を可視化するには「面」の情報が必要なので、センサーの位置(または試料の位置)を変えて複数回の測定をする必要があります。
これらの課題を解決するため、「面」で観測できる小型のピクセル型ミュオンセンサーを開発します。特性X線のうち、ウランなど重い元素の検出に向いている「硬X線」と炭素やホウ素など軽い元素の検出に向いている「軟X線」ではセンサーの特徴が異なるため、それぞれ特徴を持つセンサーになります。
また「面」での観測ではデータ量が増えることから、データ処理技術の高度化も目指します。
ミュオン特性X線による元素分布の可視化が実現すれば、工場や検査施設などへ広く導入可能となります。宇宙線ミュオンを活用して、屋外の建造物を診断するとか、博物館に小型の検出器を運び込んで文化財の分析を行うとか、リサイクル工場でリチウムイオン電池の回収を促進することなどが想定されます。
この研究開発は宮崎大学(工学部 武田彩希 准教授)、東京大学(カブリ数物連携宇宙研究機構 武田伸一郎 特任助教 ※現:福島国際研究教育機構主任研究員/カブリ数物連携宇宙研究機構客員科学研究員)と分担して行います。
ミュオンを使った元素分析は大型の加速器で作られた負のミュオンを用いています。しかし、大型の加速器を持つ施設は限られ、どこでも分析ができるわけではありません。
そこで宇宙線ミュオンの活用が考えられます。宇宙線ミュオンにも、ミュオン原子特性X線放出できる負のミュオンが含まれるからです。しかし、いくつかの問題点もあります。とくに、宇宙線ミュオンはエネルギーが高いものが多いので分析試料を透過してしまうため、特性X線が放出されるには、試料の中で止まる程度の低エネルギーのミュオンでなければなりません。しかし、宇宙線ミュオンには低エネルギーのものが少なく、従来の半導体検出器では、実用的な時間内に元素同定を行うことが不可能でした。
そこで私たちが提案するのは「超伝導転移端マイクロカロリメータ」(TES)です。この新型の測定器は非常に高いエネルギー分解能、宇宙線ミュオン由来の特性X線に含まれる、分析試料の元素固有のX線だけを高感度に検出することができ、現実的な時間で元素同定を可能にします。TESは、超伝導から常伝導への相転移における急激な抵抗変化を利用し、微量な温度変化を高感度に測定します。今回の研究開発では、これをミュオン原子特性X線観測に応用します。
TES装置のポータブル化により、場所を選ばず汎用的な非破壊分析法およびイメージング法を開拓することを目指します。これにより、重量が大きいなどの理由で移動が困難な構造物や原子炉の使用済み核燃料や貴重な文化財、考古学資料などの元素分析が可能になります。
この研究開発は中部大学(理工学部 岡田信二 教授)、広島大学(自然科学研究支援開発センター 二宮和彦 教授)、理化学研究所(仁科加速器科学研究センター 松崎禎市郎 名誉研究員)と分担して行います。
ミュオンが物質を透過する能力の高さをいかし、インフラ構造物やコンテナ等の内部を非破壊で透視するイメージング技術への期待が高まっています。
現在は宇宙線ミュオンが中心ですが、高度化・普及のためには人工的に高強度のミュオンを生成する小型システムが必要です。そのための技術開発を行います。
現在は、ミュオンの発生にJ-PARCの大型陽子加速器を用いていますが、今後は長さ10m程度の小型の加速器の検討を行い、実現性を検証します。
加速器ミュオンは強度と輝度が大きいため、宇宙線ミュオンによるイメージングで用いられる検出器や手法では性能を十分に生かすことができません。電子顕微鏡で確立したイメージング技術をミュオンに適用し、小型の加速器による高強度ミュオンによる大きな構造物に適用可能なイメージングシステム全体の妥当性を検証します。
ミュオンの透過能力を生かしてインフラ構造物やコンテナ等のイメージングの実現を目指すのがこの研究開発の主な目標ですが、それだけでなく電気自動車や情報通信技術(ICT)機器などに使われる半導体内部の電場分布を可視化することによる高耐圧化や高速化にも役立つことが期待されます。
この研究開発は日本原子力研究開発機構(J-PARCセンター 高柳智弘 研究主幹)、名古屋大学(素粒子宇宙起源研究所 飯嶋徹 教授)、理化学研究所(仁科加速器科学研究センター 核変換技術研究開発室 奥野広樹 室長)と分担して行います。
火山などの山体内部の観測や堤防、原子炉、高炉といった構造物の透視精度の向上を目指す要素技術の開発を行います。特にミュオンの運動量を測定することで、透視した構造物内の物質の特定も目指します。
宇宙線ミュオンによる透視では基本的に、構造物を透過してきたミュオンの数を数えています。例えばピラミッドの透視は、ミュオンの通り道にある物質の密度の違いでミュオンの透過率が異なることを利用し、検出器に到達したミュオンの数の多寡から、内部に未知の部屋が存在する手がかりなどをつかむことができます。
ただしこの手法ではミュオンが透過してきた物質が何かまではわかりません。しかしミュオンが原子に当たって散乱するときの角度分布とミュオンの運動量の相関を調べることで、物質の候補を絞り込めることは明らかになっています。
そのため、この手法を実証するための専用センサーと、データ読み出しシステムの開発を行います。またこれらと組み合わせて高精度の測定を行う高エネルギーのミュオンビームラインの開発も進めてまいります。
この研究開発は大阪大学(核物理研究センター 野海博之 教授)が提案し、KEKと千葉大学(大学院理学研究院 田端誠 特任研究員)が分担して行います。KEKは主に高エネルギーのミュオンビームラインの開発を分担します。
ミュオンの透過性の高さを利用し、GPS衛星の電波が届かない地下や海中などでの測位の研究が進んでいます。
GPS衛星からの電波には、衛星の推定位置や電波発信した時刻の情報が書き込まれており、それらを元にスマートフォンでも測位計算ができますが、宇宙線ミュオンにはそのような情報はありません。
これまで提案されているミュオンを用いた手法では、センサーにミュオンが入射するタイミングから同一のミュオンと推定し、二つのセンサーを通過する時刻の違いから測位をしますが、同一ミュオンが二つのセンサーを通過する確率が低いため、測位補正の頻度が低いことが課題でした。これを解決する手法を本課題にて研究開発します。
この研究開発は大阪大学(核物理研究センター 大田晋輔 准教授)が提案し、KEKと理化学研究所(仁科加速器科学研究センター 馬場秀忠 チームリーダー)が分担して行います。KEKは主に地下や海中の測位対象につけたセンサーとは別に設置する地上センサーの時刻合わせを高精度で行うシステムの開発と、センサー信号処理を行うカスタムICチップの開発を分担します。
これまでも宇宙線ミュオンを用いて原子炉の炉心や火山などの透視が行われてきましたが、宇宙線ミュオンには色々な運動量のミュオンが混じっているため、得られる位置分解能、感度に課題がありました。
2011年3月に事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所2号機の透視では、透過性が大きい(運動量が大きい)ミュオンのために圧力容器の底より下部で画像のコントラストが十分に得られませんでした。一方岩手山の透視では、運動量が小さい大多数のミュオンは山を透過して飛来しておらず山体内部の情報を持たないため、岩手山内部の地質の構造がよくわかりませんでした。
これらの課題は適当な運動量を持つミュオンだけを選び出して解析することで解決できますが、宇宙線ミュオンの運動量を計測するには非常に強い磁場が必要です。電磁石は大電力を必要とするため現実的ではなく、また従来の永久磁石では大型クレーンを使って数トンある永久磁石を設置しなければならず、簡単ではありません。そこで永久磁石をモジュール化して1個の重さを20kg程度に抑え、人力で運んで現地で簡単に組み立てられる、分割可能な永久磁石モジュールシステムを開発します。検出器は既存のものを改良して使い、火山や古墳の透視が運動量の測定でどこまで高精度化できるかを検証します。
この研究開発は東京都立大学(大学院理学研究科 角野秀一 教授)が提案し、KEKと茨城大学(大学院理工学研究科 飯沼裕美 准教授)が分担して行います。KEKは主に永久磁石モジュールと検出器を組み合わせる、測定器全体設計を分担します。