令和3年6月3日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
株式会社エマルションフローテクノロジーズ

限りあるレアメタル資源を、未来につなぐ
―原子力機構発ベンチャー企業 株式会社エマルションフローテクノロジーズを認定―

【発表のポイント】

概要

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下、原子力機構/JAEA)は、原子力科学研究部門先端基礎研究センターの長縄弘親らが開発した溶媒抽出技術「エマルションフロー」を活用した事業を展開するベンチャー企業、株式会社エマルションフローテクノロジーズ(代表取締役社長兼CEO:鈴木裕士、以下、EFT社、令和3年4月5日に設立)を、令和3年6月3日にJAEA発ベンチャー企業として認定しました。

原子力機構では、これまで使用済み核燃料に含まれる元素を溶媒抽出技術[2]によって高度分離する研究を行ってきました。EFT社の創業メンバーの一人である長縄(同社取締役CTO)らは、その研究活動の過程で偶然に発見した「水と油が細かくよく混ざりながらもきれいに分離する」という物理現象から、新しい溶媒抽出技術「エマルションフロー」の開発に成功しました。一般的に溶媒抽出は、液相どうしを「混ぜる」、「置く」、「分離する」の3工程を必要としますが、エマルションフローは「送液」のみの1工程で、これら3つの工程をすべて同時に行うことができる革新的な技術です。そのため、従来技術の低い生産性、高い処理コスト、低い純度といった課題に対し、低コストで高効率に高純度な元素分離を可能にします。原子力機構では本技術に関連する特許(出願中を含む)を国内外合わせて40件以上保有しており、既に10社以上にライセンスされています。本技術は、原子力分野にとどまらず、現在の社会ニーズでもあるレアメタルリサイクルにも活用できる技術であることから、原子力機構のイノベーション創出戦略改定版[3]の基本方針に基づき、本技術の社会実装を加速すべく、ベンチャー企業「株式会社エマルションフローテクノロジーズ」を立ち上げるに至りました。

今後、EFT社は、エマルションフローを活用したレアメタルリサイクル事業と、エマルションフロー技術の普及を目的としたトータルサポート事業を展開し、将来の脱炭素社会の実現に不可欠なレアメタル資源の将来にわたる安定供給に貢献します。

背景

ハイテク産業に必要不可欠なレアメタル[4]は、輸入に頼らざるを得ないために供給が不安定で価格変動が大きく、また、採掘国における違法な採掘による環境破壊といった問題を抱えています。そのため、ひとたび供給不足が生じれば、日本の脱炭素社会の推進に大きな影響を及ぼす可能性があります。例えば、昨今の2050年カーボンニュートラルの流れから、電動車xEV[5]の急激な普及に伴うコバルトなどのレアメタル不足は確実であり、xEVの電源となるリチウムイオン電池LIBなどに含まれるレアメタル(例えば、コバルト、ニッケル、リチウム)のリサイクルは不可欠とされています。しかし、レアメタルの再利用技術の多くが未だ実証試験の段階にあり、事業化に至っていないのが現状です。特に、レアメタルの回収には複雑で高コストな分離・精製処理[6]が必要であるために、採算性を得るのが難しく、そのために、焼却、スラグ化され、コンクリートや道路の路盤材などの別用途に使用される場合が多いと言われています。本来は、廃製品の金属を同品質の原料にリサイクルする「水平リサイクル」を繰り返すことが理想的ですが、その水平リサイクルを実現しているのは、銅や貴金属[7]などのごく一部の金属に限られています。

理論的には、いずれの金属も製錬[8]によって元の金属に戻すことは可能です。しかし、従来よく用いられている溶媒抽出技術「ミキサーセトラー」は、低い生産性ゆえに、大規模な施設、設備が必要で設備コスト、処理コストが高く、さらに、回収されるレアメタルの純度が十分ではないために、理想的な水平リサイクルの実現が困難でした。加えて、回収したレアメタルの市場価値が国際市場動向に左右される状況において、レアメタルリサイクルビジネスは採算の得られにくいリスクの高い事業といえます。これを定常的に利益の得られるビジネスとして成立させるためには、レアメタル精製の生産性を向上させつつ、回収コストを下げ、さらに、得られるレアメタルの純度は99.99%以上を達成することが必要となります。これを実現するのが、原子力機構において開発した溶媒抽出技術「エマルションフロー」です。

レアメタルを取り巻く現状と課題

技術説明

溶媒抽出とは、物質の分離・精製手法の一つであり、互いに交じり合わない液相間における物質の分配を利用することで、目的成分のみを選択的に抽出するための技術です。例えば、抽出剤を含む油相と金属イオンを含む水相を混ぜ合せることで、油相と水相の界面において、抽出剤が金属イオンと結合します。その後、重力による油相と水相の分離を待てば、油相側に金属イオンを抽出することができます。このように、従来の溶媒抽出技術では、液相どうしを「混ぜる」、「置く」、「分離する」の3工程を必要とします。

これに対し、エマルションフローは「送液」のみの1工程で、これら3つの工程をすべて同時に行うことが可能な革新的技術です。従来技術として広く用いられているミキサーセトラーでは、インペラーを用いて機械的に撹拌するため、液滴の径は不均一で密集度が低くなります。一方、エマルションフローにおいては、ノズルから噴出した液滴の径は均一で密集度が高く、理想的な乳濁混合を実現できます。それらの液滴の流れる速度は、狭い流路から広い液貯に流れ込む際に減速するため、液貯の入り口で液滴の密集度がさらに高まり液滴どうしの合体が進みます。それゆえに、ミキサーセトラーのように静置せずとも、送液のみで、理想的な溶媒抽出、すなわち、細かな乳濁混合と完全な相分離が可能となります。そのため、エマルションフローは従来技術の10倍以上の生産能力を可能とし、ゆえに従来比1/10以下のダウンサイズに加え、ランニングコストの80%削減を実現できます。また、密閉構造のために無臭で快適な作業環境を実現するとともに、IoT管理による自動化も容易なために、人件費の削減にもつながります。さらに、エマルションフローの有する高い油水分離能力は、水相の廃水処理における環境負荷の低減を可能にします。本技術に関連する特許は既に原子力機構より10社以上にライセンスされており、エマルションフローを活用したレアメタル精製の事業化により、収益を得ている企業もあります。さらに原子力機構では、このエマルションフローを進化させ、従来比100倍の生産能力と99.99%以上の高純度化、また、従来技術では分離の難しいレアアースなどの元素分離を可能にする「多段エマルションフロー」の開発にも成功しています。この多段エマルションフローは、低コストで高効率にレアメタルの高純度精製が可能な唯一の方法であり、EFT社の事業のコア技術となります。

新技術エマルションフローと従来技術ミキサーセトラーとの比較
エマルションフローの性能と特徴

設立経緯

エマルションフローの社会実装に向けたベンチャー企業設立の第一歩は、2018年に開催された原子力機構が主催する第1回JAEA技術サロンへの参加です。JAEA技術サロンは、原子力機構から生まれた研究開発成果の中から、多様な産業分野への展開が可能な技術を産業界に紹介する機会として、2018年度より毎年開催しているイベントです。この技術サロンにおける発表をきっかけとして、翌年度に開催された未来2020[9]における最終審査会選出の機会を得るだけでなく、2020年11月には茨城テックプラングランプリ[10]に出場して最優秀賞に輝くなど、ベンチャー企業設立に向けて着実に歩みを進めました。一方、原子力機構はイノベーション人材の育成にも力を入れています。EFT社の代表取締役社長兼CEOを務める鈴木裕士は原子力機構の研究主幹ですが、原子力機構からの推薦により、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDOが主催する高度専門支援人材育成プログラム(NEDO-SSA)[11]に2期生(2018年度)として参加し、ベンチャー支援者としてのスキルを学んだ人材です。このタイミングで長縄と鈴木が出会ったことが、今回のベンチャー設立を決定付けたといっても過言ではありません。

今後の事業展開

EFT社では、エマルションフローを活用したレアメタルリサイクル事業、ならびに、エマルションフロー技術の普及を目的としたトータルサポート事業を展開します。レアメタルリサイクル事業では、エマルションフローを活用して、リチウムイオン電池に含まれるコバルトやニッケル、リチウムといったレアメタルを低コスト、高効率、かつ高純度に回収する技術を確立し、回収したレアメタルをリチウムイオン電池に直接再利用する「水平リサイクル」を実現します。そして、その技術をもって自らがレアメタルリサイクルの最前線に立ち、エマルションフローによるレアメタルリサイクルを事業化します。さらに、レアメタルの分離・精製プロセスに係る顧客課題に対し、それを解決するエマルションフロープロセスの提案、それを実現する装置・プラントの設計・製造、そして、販売、ライセンスなど、エマルションフローの導入支援を目的としたトータルサポート事業も行います。これら2つの事業をコアにビジネス展開することで、エマルションフローをグローバルに普及し、脱炭素社会の実現に不可欠なレアメタル資源の将来にわたる安定供給に貢献します。

エマルションフローによるLIBの水平リサイクル

用語説明

[1] 株式会社エマルションフローテクノロジーズ(概要)

概要
商号 株式会社エマルションフローテクノロジーズ
設立 令和3年4月5日
資本金 550万円
本社所在地 茨城県那珂郡東海村大字白方2番地5
代表者 鈴木 裕士
事業内容 エマルションフロー技術を活用したレアメタルリサイクル事業
エマルションフロー技術に関するトータルサポート事業
エマルションフロー技術に関する新規開発事業

[2] 溶媒抽出: 

物質の分離・精製手法の一つであり、互いに交じり合わない液相間における物質の分配を利用することで、目的成分のみを選択的に抽出するための技術。

[3] イノベーション創出戦略改定版:

原子力機構を、イノベーションを持続的に創出する組織とすることを目指し、2020年11月に策定した戦略。

イノベーション創出戦略改定版

[4] レアメタル:

技術的・経済的な理由で抽出が難しい金属のうち、安定供給の確保が政策的に重要で、産業に利用されるケースが多い希少な非鉄金属のこと。47元素を総じてレアメタルと称するが、うち17種類は特に希土類金属「レアアース」と呼ぶ。

[5] 電動車:

電動車(xEV)とは、電気自動車(EV)だけでなく、ハイブリッドカーやプラグインハイブリッド(PHEV)、燃料電池車(FCV)なども含む車の総称。

[6] 分離・精製:

混合物から純物質を取り出す(分離)とともに、分離した純物質に含まれる少量の不純物を取り除き、純度を高める工程、あるいはその技術。

[7] 貴金属:

金属のうち化合物をつくりにくく希少性のある金属の総称。金、銀、プラチナ、パラジウムなどの計8種類のことをいう。

[8] 製錬:

還元などによって、鉱石中に含まれる目的金属を分離して取り出す技術。

[9] 未来:

事業開発コンソーシアム・III(トリプルアイ)が主催し、株式会社日本総研が企画・運営するインキュベーション・アクセラレーションプログラム。

[10] 茨城テックプラングランプリ:

茨城県が主催し、株式会社リバネスが企画・運営するビジネスプランコンテスト。

[11] NEDO-SSA:

NEDOが主催する高度専門支援人材育成プログラム。本プログラムを修了した人材は、NEDO-SSAフェローとして登録されている。

NEDO SSA高度専門支援人材育成プログラム:SSA修了者紹介

戻る