平成31年3月29日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉 敏雄、以下、「原子力機構」という。) 安全研究・防災支援部門 安全研究センター 保障措置分析化学研究グループの宮本 ユタカ グループリーダーらは、原子力規制庁からの受託事業「保障措置環境分析調査」の一環として、高感度かつ高分解能な質量分析装置を導入するとともに、それを利用した分析技術の開発を進め、この度、国際原子力機関(IAEA)による分析能力の評価試験に合格しました。
原子力機構は、IAEAが技術的な能力を認定したIAEAネットワーク分析所1)の一つとして、過去15年以上にわたり、原子力施設の査察時等に採取された環境試料に含まれる極微量核物質の分析に協力しています。ウランの同位体比はその使用目的や履歴により変化するため、個々のウラン粒子に対してその同位体比を調べることにより、未申告の原子力活動の存在の有無を確認することができます。
これまではウラン粒子の同位体比を正確に測るために、事前に電子顕微鏡で観察しながらウラン粒子だけを取り出す作業が必要でした。これには作業に慣れた研究者でも時間がとてもかかります。依頼を受けてから試料の分析結果を報告するまでの日数が限られた中では、数多くの粒子を取り出せないことがこれまでの課題となっていました。
今回、これまでに開発してきた試料前処理技術と高性能の大型二次イオン質量分析装置(LG-SIMS)2)(図1)を利用することにより、事前にウラン粒子を取り出さなくても正確に個々のウラン粒子の同位体比を測定できる技術を開発しました。この技術を使うことで、IAEAの査察官が原子力施設内部の立入査察等で採取した環境試料に含まれる核物質の同位体比をこれまで以上に詳しく正確に測り、施設における活動状況の推測に資することができます。
原子力機構は、本法を用いてIAEAから送付された評価試験用試料を分析し、正確な分析結果を導き出す等により、IAEAによる分析能力の評価試験に平成31年3月18日付で合格しました。これを受けて、今後、IAEAからの依頼により本法による試料分析を実施していくこととなります。また、IAEAから分析能力が認められたことにより、万が一、我が国における原子力活動に対して未申告活動の疑義が生じた場合でも、それに反証できる十分な能力を有することになります。
原子力機構は今後、より一層、信頼性の高い分析結果をIAEAに提供していくとともに、本技術をさらに高度化し、IAEAの保障措置3)活動に貢献していく所存です。
核不拡散条約(NPT)4)に基づき、核物質が平和目的にのみ利用され、核兵器に転用されていないことを検証するために、国際原子力機関(IAEA)は原子力施設内部の立入査察等において、設備・装置、部屋の壁や床等をふき取り、環境試料を採取しています。
IAEAは持ち帰った環境試料中の極微量の核物質の同位体比を質量分析装置で分析することにより、その原子力施設等でどのような原子力活動が行われていたのかを調べています。また、IAEAはIAEAネットワーク分析所に対して、試料分析の協力依頼をしています(図2)。
原子力機構では、極微量核物質の化学処理と分析が可能なクリーンラボ(高度環境分析研究棟:CLEAR)で核物質の極微量分析技術を開発するとともに、IAEAネットワーク分析所の一員としてIAEAから依頼された環境試料の分析を平成16年から15年以上にわたって行い、IAEAの活動に大きく貢献しています。IAEAが実施する標準試料を使った分析能力比較試験では、原子力機構の分析結果の正確さはネットワーク分析所の中でも高いレベルを維持しており、IAEAから大きな信頼を得ています。
IAEA査察官によって採取された環境試料(図3)中には10億分の1グラムから千兆分の1グラムの極微量のウランやプルトニウムを含む粒子が存在しています。しかし、試料中には土壌など様々な由来の粒子も数多く存在しており、その構成元素が極微量の核物質の正確な分析を妨害します。また、ウラン粒子が凝集して存在する場合には、複数のウラン粒子を単一粒子として分析してしまい、誤った結果を導くおそれがあります。
上記の問題を解決するために、これまでウラン粒子(図4)を電子顕微鏡で観察しながら非常に細い針を動かして取り出す技術を開発してきました(図5)。しかし、この方法は非常に時間を要し、作業に熟練した研究者であっても取り出せる粒子の数や大きさに限界があるため、試料全体を詳しく分析するには新たな分析手法が必要でした。
原子力機構は、原子力科学研究所内にあるクリーンラボ、高度環境分析研究棟(通称:CLEAR)に、大型二次イオン質量分析装置(LG-SIMS)を平成30年2月に導入しました。IAEAが技術認定している他のネットワーク分析所にもLG-SIMSは徐々に導入され、環境試料のウラン粒子の同位体比分析に適用されています。ウラン粒子を用いたLG-SIMSによる測定で得られた質量分解能は、既存の装置より8倍高い性能(分解能:2400)を有しています(図6)。この性能は、鉛とアルミニウム等、他の元素が試料中に混在していても、スペクトル上で区別してウランの同位体比を正しく測定できることを示しています。
この分析性能が得られたことによって、事前に個々のウラン粒子を取り出す必要がなくなり、事前に自動探索によりウラン粒子の位置を特定するだけで(図7)、数多くの粒子をこれまでよりも短い時間で分析することが可能になりました。また、分析精度も既存の装置より3倍良くなることで、これまで測定の不確かさが大きく信頼性の低かったマイナー同位体(234U及び236U)の分析結果についても精度良く取得することが可能となり、今後、施設の活動状況に関するより詳細な情報が得られることが期待されます。
一方、事前に個々のウラン粒子を取り出さずに分析する場合には、凝集している複数のウラン粒子を単一粒子として測定してしまい、誤った分析結果を導くおそれがあります。この場合、粒子の凝集を極力抑える試料前処理技術が必要となります。原子力機構では、これまでにふき取りにより採取した環境試料から測定用試料台上に分散性良く粒子を回収できる試料前処理技術(インパクター法5))を開発してきており、今回、この技術を適用することによりこの問題を低減化することができました。
原子力機構は、上記の試料前処理技術及びLG-SIMSを利用してIAEAによる分析能力の評価試験を受け、IAEAから受領した5試料に対して2週間で合計80粒子以上を分析し、その結果をIAEAに報告しました。その後、IAEAはその測定結果が正確であると評価し、原子力機構はこの試験に平成31年3月18日付で合格しました。これを受けて、今後、IAEAからの依頼により本法による試料分析を実施していくこととなります。また、IAEAから分析能力が認められたことにより、万が一、我が国の原子力活動に対して未申告活動の疑義が生じた場合でも、当該場所で採取された試料を本法で分析することにより、反証に必要な分析結果を提示することが可能になります。
今後、この技術を用いて、これまで測定が困難であった微小なプルトニウム粒子に対してもウラン粒子と同様に短時間に正確かつ精度よく分析できる技術を開発し、IAEA保障措置のための極微量核物質分析に適用していく方針です。IAEAは、原子力機構の分析能力が飛躍的に向上することで、査察能力の強化につながることに大きな期待を寄せています。
参考部門・拠点: | 安全研究センター |