◆背景

金属は原子が整列した結晶からなる材料ですが、実際に材料として使用されるものは、単一の結晶ではなく複数の小さな結晶が集まってできた多結晶と呼ばれる状態にあります。これらの結晶の粒(結晶粒)はそれぞれ異なる向きを持っていますが、材料製造の過程で圧延(変形させてロールなどで薄く延ばす)したり、加熱したりすることで、結晶の向きがある程度揃った状態になることがあります。この結晶の向きの偏りは集合組織と呼ばれ、どのような偏りが、どのくらい強くあるのかによって材料全体の性質が変わることから、使用目的に合わせたさまざまな材料を製造する上で、集合組織を正確に測定することは重要であり、そのための高速で効率的なシステムが求められています。

今回の研究グループの成果は、集合組織を数分という短時間で測定する技術を開発したものです。

◆研究の概要

集合組織と相分率は中性子回折によって測定します。物質に中性子線を当てると、結晶の種類や向きによって異なる方向・波長の中性子線が跳ね返ってくるため、それを解析することで結晶の種類(相)や集合組織を知ることができます。通常の実験室レベルのX線回折や原子炉中性子線のように、単一の波長の量子線を用いる従来の集合組織測定では、試料に入射線を当てる角度を変えて実験を繰り返す必要があります。さらに、回折線は様々な向きに飛んでいくので、一つの検出器でこれを捉えるには、試料を回転させて測定を繰り返さなければなりません。

一方で、飛行時間型中性子回折と呼ばれる回折手法においては、様々な波長をもった複数の中性子線が同時に発生して試料に向かいます。波長の異なる中性子線はそれぞれ異なる速度を持つため、中性子が発生してから試料に当たり、検出器にたどり着くまでの時間を計測することで、異なる波長の中性子線を見分けることができます。また、iMATERIAは図1のように多数の検出器を持っており、132の方向で回折線を捉えることができます。これにより、入射線の角度を頻繁に変更したり、試料を回転させたりしながら測定を繰り返すという必要がなくなり、1回の中性子線照射だけで集合組織と相分率が決められるようになりました。

図1

図1 iMATERIAにおける実験の模式図。色付きの四角形で示した検出器モジュール上に、赤枠の四角形のように検出点を設定、各検出点で試料からの回折を独立して捉える。

今回の研究では、日本冶金工業株式会社の提供による二相ステンレス鋼、NAS64(SUS329-J4L相当)圧延材を用いて、上述の方法が正しく機能するかの検証を行いました。飛行時間型中性子線回折による集合組織測定は、米国のHIPPOというビームラインによる先行実績がありますが、HIPPOはiMATERIAに比べると設定できる検出器の数が少なく、試料の角度を変えながら3回程度測定を繰り返す必要がありました。本実験では、HIPPOと同様に数回角度を変える方法と、角度変更をしない一回測定の方法の両方を行った結果、いずれの方法でもほぼ同じ結果が得られることが分かりました(図2)。

図2

図2 結晶の向きの分布を等高線で表わした図の一部。(a), (c)は試料の角度を変えて複数回測定する従来用いられている方法で得た、それぞれフェライト相とオーステナイト相における分布図。(b), (d)は今回開発した試料の回転を必要としない方法で得た図。いずれの方法でもほぼ同じ図形が得られた。

現在、iMATERIAにおける1回の中性子線照射に要する時間は数分~10分程度であり、本実験は、そのような世界最速レベルといえる短時間での集合組織・相分率の同時測定に初めて成功した事例といえます。さらに、J-PARCの中性子線の強度は今後増強されていく予定であり、将来的には解析に要する時間を1分程度にまで縮められることも展望されます。

◆今後の展望

<産業利用分野> 今回の研究は、鉄心に使われる電磁鋼板の改良によるモーターの効率化や、自動車のフレームに使われる高強度鋼をより柔軟・軽量・安全なものにすることにつながります。また、本手法の確立により、短時間・低コストでの解析が可能となるため、今後は部品製造や加工を行う中小企業の利用も想定され、これまで電池関連分野が中心だった「iMATERIA」の産業利用の裾野が、大きく拡がることが期待されます。

<学術研究分野> 近年の電子顕微鏡法の発達により、ミクロ、ナノスケールの現象の理解は飛躍的に進歩し、材料科学の分野の発達に大きく貢献しました。今後はそれらの小さな要素が集まって、大きなかたまり(バルク材料)になったときに、その性質と微小な領域での現象がどのように関連するのかを明らかにすることが求められています。大きな試料体積からの統計情報を求めるiMATERIAは、バルク材料の性質を測定するのに最適な装置となりました。また、短時間で測定が出来るため、従来難しかった変形中や加熱中に生じる集合組織や相分率の変化を追うことも可能であると期待されます。

◆発表論文の情報

<論文タイトル>
Rapid measurement scheme for texture in cubic metallic materials using time-of-flight neutron diffraction at iMATERIA

<著者名>
Y. Onuki, A. Hoshikawa, S. Sato, P. Xu, T. Ishigaki, Y. Saito, H. Todoroki and M. Hayashi

<雑誌名>
Journal of Applied Crystallography

<掲載日>
2016年10月1日掲載


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