補足説明

【背景と経緯】

可視光に対して透過性を持つ強磁性体は、新しいデバイスの創出において非常に有望です。これまでにもいくつかの透明な磁性体が提案されています(例えば、磁性元素をドープした磁性半導体、マグネタイトFe3O4やヘマタイトFe2O3などの酸化鉄)。しかしながら、磁性半導体の場合、磁気転移温度が低いため室温での磁化は非常に小さく、また、酸化鉄では、強い磁化を持っているマグネタイトの場合は光透過性に劣り、高い光透過性を示すヘマタイトの場合は磁化が小さく、室温において実用に適う大きな磁化と高い光透過性の両方を兼ね備えた材料は未だ実現されていません。

ナノグラニュラー材料は、ナノメートルサイズの微細な金属の粒子(グラニュール)が絶縁体セラミックス中に均一に分散した特徴的な構造を有します(図1)。物性が異なる2つの相がナノ状態で混在するため、金属と絶縁体の含有比率の違いによって物性が大きく変化します。金属が多い組成では金属特有の物性が、絶縁体が多い組成では誘電特性や光透過特性が期待されます。さらに、中間領域では両相の機能が複合した多機能性が期待できます。また、このナノグラニュラー薄膜は工業的に用いられるスパッタ法で容易に作製でき、再現性や耐熱性にも優れているので、実用性の高い材料であると言えます。

【研究の内容】

ナノスケールの強磁性金属を透明な絶縁相中に分散させたナノグラニュラー膜を作製することで、室温で実用に適う大きな磁化と可視光領域を含む光透過性を同時に発揮する材料を見出すことに成功しました。さらに、光透過性は磁場により制御が可能であることも発見しました。

今回の研究では、鉄(Fe)-コバルト(Co)合金およびフッ化アルミニウム(AlF3)をターゲットとしたスパッタ法によりナノグラニュラー膜を作製しました。Fe-Co合金は最大の磁化を有する強磁性金属であり、AlF3は安定で優れた光透過性を有する誘電体なので、膜中では両者が完全に分離して存在します。この全く物性の異なる物質をナノスケールで混在させることにより、ナノ量子効果による新しい機能を生成させることを期待しました。その結果、磁化の大きさが18 kA/m(0.025 T)で可視光領域を含む400~2000 nmの波長領域において透明な強磁性体(図2a)の作製に成功しました。さらに、磁界中で光透過率を計測した結果、常温で約0.04%(現在は約0.1%が得られている)という透過率の変化を示しました (図2b)。この特性の発現機構は、量子効果(トンネル磁気誘電効果)に基づく新しい磁気-光学効果であることを本研究の理論的解析によって明らかにしました。

【本研究のインパクト】

これまで透明磁石の研究が世界において広く行われ、室温で強磁性と光透過性の両方を同時に発現する磁性体が求められてきました。しかし従来の材料では十分な特性が得られなかったために、透明な磁気デバイスは不可能でした。

本研究の成果は、世界で初めての透明強磁性体の作製に成功したことであり、さらに透過率を磁場の強さによりコントロールできることを新しいメカニズムにより発見したことにあります。今後特性の一層の向上によって、透明磁気デバイスが可能となり、さらに透明電極材料と組み合わせることによって、透明な電気磁気光学デバイスが可能になるものと期待されます。

本研究の実験は、公益財団法人電磁材料研究所の電磁気材料グループリーダーの小林伸聖主席研究員と同グループのスタッフによって行われたものであり、実験結果の解析は、小林伸聖主席研究員と国立大学法人東北大学増本博教授により行われました。また理論的解析は、同大学高橋三郎助教と国立研究開発法人日本原子力研究開発機構前川禎通センター長により行われました。

【参考図】

図1

図1. ナノグラニュラー膜の構造、光透過および磁気光学応答のイメージ図です。右側には、2つのグラニュールペアーのイメージを示します。交流電界における量子力学的トンネル効果によって電荷の振動(移動)が起こります。トンネリングは、グラニュールの磁化の相対的な向きに依存し、このスピン依存電荷振動によってトンネル磁気誘電効果が生じ、ナノグラニュラー膜の磁気-光学効果を誘導します。

図2

図2. (a) 660℃に加熱したガラス基板(コーニング社製イーグル2000)上に作製したFe9Co5Al19F67ナノグラニュラー膜(1μm)の写真。膜は透明で、後ろの赤、青、黄色の文字をくっきりと見ることができます。(b) Fe13Co10Al22FF55ナノグラニュラー膜の光透過率の変化(波長:1500nm)。丸印は実験値で実線は理論値です。これは、スピン依存電荷振動による『トンネル磁気誘電効果』に基づく、従来に無い新しい磁気-光学効果です。

 

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