【研究の背景】

(1) 原子核のハサミ状振動=シザース・モード

原子核は核種(同位体)ごとに固有の振動状態を有し、振動に共鳴するエネルギーを持ったガンマ線を吸収したり放出したりすることが知られています。原子核がガンマ線を吸収し共鳴振動を起こすことを原子核の励起とよびます。励起した原子核は短時間(フェムト秒=10-15秒のオーダーで)で元の状態(基底状態)に戻りますが、この時、共鳴振動のエネルギーがガンマ線として放出されます。

ウラン、プルトニウムなどの核物質では、ラグビーボール型に変形した原子核の陽子と中性子の塊がハサミのように動く振動(シザース・モード)が強く現れます(図1参照)。研究グループは、このシザース・モードに伴うガンマ線の放出を使って、核物質を非破壊で検知または測定するシステムを提案しています。

シザース・モードの振動の強さは磁気双極子モーメントの大きさで振動の強さが決まり、原子核理論で計算することができます。核物質と同様にラグビーボール型に変形し、シザース・モードをもつタンタルの同位体Ta-181では、実験で測定したシザース・モードの強さが原子核理論で計算される値と一致しない問題があり、原子核物理の分野で30年近く研究対象となっていました。

図1

図1:原子核のハサミ状振動(シザース・モード)に伴うガンマ線の吸収と放出

(2) レーザー・コンプトン散乱によるガンマ線の発生

レーザー・コンプトン散乱(Laser Compton Scattering; LCS)とは、加速器で光速近くまで加速した電子とレーザー光を衝突させることで、電子によって散乱されたレーザー光が高いエネルギーのガンマ線に変わる現象です。(図2参照)。レーザーは電子との散乱によって電子からエネルギーを得て、高エネルギーの光子、すなわちガンマ線に変換されます。このとき、電子ビームのエネルギーやレーザーの波長を選ぶことで、発生するLCSガンマ線のエネルギーを自由に変えることができます。このガンマ線を使って、シザース・モードをはじめとした原子核の振動を調べることができます。

図2

図2:レーザー・コンプトン散乱の原理。左から光速近くまで加速した高エネルギーの電子が飛来し、右から来たレーザーと衝突します。レーザーは電子との衝突によって反対方向に散乱され、電子からエネルギーを得てガンマ線となります。

(3) 従来法(散乱法)による原子核の共鳴振動の測定

レーザー・コンプトン散乱ガンマ線(LCSガンマ線)によるシザース・モードなどの原子核の振動の強さの測定では、これまで、散乱法が主に用いられていました。散乱法では、ガンマ線を吸収して励起した原子核が、もとの状態に戻るときに放出するガンマ線を測定し、振動の強さを求めるものです(図3参照)。

図3

図3:散乱法を用いた原子核の振動の強さの測定。測定すべき核種(同位体)を含んだ測定試料にLCSガンマ線を照射し、原子核の振動に伴って放出されるガンマ線を検出します。入射ガンマ線と検出したガンマ線の数、試料中に含まれる原子核の数などから、振動の強さが求められます。

【研究の背景】

(1) 透過法によるTa-181原子核の共鳴振動の測定

本研究では、透過法を用いた原子核の共鳴振動の測定を行いました。図4に透過法の測定体系を示します。LCSガンマ線を第二試料(Ta-181)に照射すると、原子核の共鳴振動に伴うガンマ線の吸収と放出が起こります。次に、ガンマ線の光路の上流に第一試料(Ta-181)を置くと、第一試料でも同様に原子核の共鳴振動に伴うガンマ線の吸収と放出が起こります。この時、第二試料から放出されるガンマ線の量は、第一試料で吸収されたガンマ線の分だけ減少します。実験では、第一試料の有り/無しの場合について、第二試料から放出さるガンマ線の量を比較することで、第一試料におけるガンマ線の吸収の大きさを計算し、Ta-181の共鳴振動の大きさを求めました。

図4

図4:透過法を用いた原子核の振動の強さの測定。測定すべき核種(同位体)を含んだ二つの測定試料を用意します。第二試料において原子核の振動に伴って放出されるガンマ線の数は、第一試料におけるガンマ線吸収の影響を受けます。第一試料の有り/無しの場合について、第二試料から放出されるガンマ線を比べることで、第一試料で吸収されたガンマ線の数を知ることができ、これから振動の強さを求められます。

(2) Ta-181 のシザース・モードの解析 、細分化された分岐の発見

透過法で行った実験データからTa-181のシザース・モードの強さを求めたところ、従来の散乱法測定から求めた値に比べて、約2倍大きな値となりました。これは、散乱法では測定できない振動の減衰プロセスである、細分化された分岐がシザース・モードに存在するためと考えられます。

シザース・モードの分岐とは、図5に示すように、ガンマ線を吸収してシザース・モードの振動を起こした原子核が、もとの状態(基底状態)に直接戻るのではなく、中間的な状態を経由して基底状態に戻る現象のことです。シザース・モードの励起状態から中間状態に移るとき、原子核は、励起状態と中間状態のエネルギー差に等しいエネルギーを持ったガンマ線を放出します。細分化された分岐がある場合では、エネルギーの小さな複数のガンマ線が放出されることになります。

細分化された分岐で放出されるエネルギーの小さなガンマ線は、バックグラウンドのノイズに埋もれてしまい、従来の散乱法では測定が困難です。透過法では、第一試料におけるガンマ線の吸収を求められるため、基底状態からシザース・モードへの励起を直接測定することができました。この結果、これまで見逃されてきた細分化された分岐を含んだ、Ta-181シザース・モードの全体像を明らかにすることができました。

図5

図5:シザース・モードにおける細分化された分岐の存在を発見。

【成果の波及効果】

これまで、原子核物理の理論的考察から、シザース・モードでは、ラグビーボール型に変形した原子核の陽子と中性子の塊がハサミのように動いていると考えられていましたが、本研究成果により、単純なハサミ状振動ではなく、原子核がより複雑に動いている可能性があることがわかりました。シザース・モードは、ラグビーボール型変形核で普遍的に存在すると考えられており、原子番号の小さな軽い核から原子番号の大きな重い核までの変形核のシザース・モードを調べることにより、振動や回転といった原子核のダイナミクスの統一的理解につながることが期待できます。また、シザース・モードと同様な磁気双極子モーメントの軌道運動によって引き起こされる金属クラスター、量子ドットやボーズ・アインシュタイン凝縮などの量子体系の理解にもつながることが期待できます。

図6

図6:核図表における変形核が存在する領域。今回の実験で用いたTa-181、核物質であるU-235やPu-239は、いずれも変形核です。

研究グループは、貨物中に隠ぺいされた核物質の検知、原子炉使用済燃料中や、東京電力株式会社福島第一原子力発電所の溶融燃料に含まれる核物質の測定などへ、ガンマ線と原子核の相互作用を利用することを提案しています。このような核物質の非破壊検知と測定は、原子核の振動にともなうガンマ線の吸収と放出を利用します。核種(例えば、U-235や、Pu-239など)は、それぞれ固有の振動状態が存在しています(図7参照)。測定したい核種の励起エネルギーに等しいガンマ線を照射すると、その核種のみに振動状態が生じ、ガンマ線の吸収と放出が起こります。このとき、放出ガンマ線のエネルギーを計測することにより非破壊で対象核種の検知と測定ができます。ウランやプルトニウム同位体の非破壊検知と測定では、シザース・モードに対応する原子核の振動を利用します。

今回の研究では、Ta-181のシザース・モードの振動の強さが従来知られていた値よりも約2倍大きなことがわかりました。ウランやプルトニウムの同位体も、Ta-181と同様に、従来知られていたより強い振動をもつと考えられることから、今回の知見は、核物質の非破壊検知や測定の感度の向上につながるものです。

図7

図7: 原子核の振動を利用した核物質の非破壊検知と測定の原理。Pu-239やU-235等の核種には固有の振動状態(シザース・モード)が存在しています。励起エネルギーに等しいガンマ線が照射されると、ガンマ線を吸収・放出します。このガンマ線を検出することで核種の検知と測定を行うことができます。


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