【研究開発の背景】

核分裂で生成される核分裂片には様々な核種が存在します。これら原子核の種類と生成確率は、原子炉の停止後に発生する崩壊熱量とこの時間変化に影響を与え、また原子炉の動特性を支配する遅発中性子の収率を決定します。さらに、長寿命のMAを高速中性子で照射して核分裂をおこし、より短寿命な核分裂生成物に変換する核変換技術を構築するためにも、様々なMA核種に対し、高い中性子エネルギー領域までのデータが必要となります。このように、質量数収率分布は、原子力エネルギーの利用において重要な核データです。必要となる中性子入射核データは、いくつかの核種について測定されているものの、高い純度の標的が得られない、またはその寿命が短いといった理由で測定データのない核種が多く存在します。また、高エネルギー中性子に対するデータは、単色の中性子源を作ることが容易でないことから、極めて限られていました。本研究では、加速した酸素18(18O)を高純度の標的核種に照射し、多核子移行反応(図1)を利用することで多種にわたる原子核と様々な励起状態を生成し、これらの核分裂を観測することで、問題を解決することを目指しました。この結果、未測定の核種のデータに加え、高エネルギー領域までのデータを取得することに成功しました。また、動力学モデルを用いて核分裂片の質量数収率分布を計算する手法を開発し、実験データをよく再現することに成功しました。核分裂過程を基礎的なモデルで記述するため、汎用性と適用性の高い核データ評価方法の構築に道を開いた成果と言えます。

図1

図1 多核子移行反応による核分裂片の質量数収率分布を測定する原理。
酸素18ビームをトリウム232(232Th)標的に照射することで、複合核234Thを生成します。複合核の核分裂によって生じる2つの核分裂片の速度を測定することで運動学的に核分裂片の質量数を決定しました。

【研究の手法】

多核子移行反応とは、重イオン反応において、入射核及び標的核が、これらを構成する中性子や陽子を交換する過程を表します。図1の例では、2つの中性子が18Oから232Thに移行し、複合核として234Thを生成しています。中性子や陽子が移行するパターンは様々であり、このため多くの種類の複合核が生成されます。複合核の核分裂を観測して核データを取得しますが、多核子移行反応を用いることで、一度に多くの核種のデータを取得できることが分かりますが、これまで実際に試みられたことはありませんでした。ここで重要となる測定技術は、反応の事象ごとに複合核を識別することです。本研究では、反応によって放出される様々な粒子の種類を8)シリコンΔE-E検出器(図2の写真)を用いて識別し、標的核に移行した中性子数と陽子数を決定することで複合核の同定に成功しました。例えば、図1において、 酸素16(16O)の検出は、234Thが生成されたことを意味します。核分裂によって生成される核分裂片の質量数を決定するため、核分裂片の飛行時間分析を行って運動学的に質量を決定しました。このため、核分裂片を検出する位置検出型の9)多芯線比例計数管を開発しました。234Thは、図1の例のように中性子が233Thに吸収されてできる複合核となることから、233Thの中性子入射核データを与えることとなります。この手法を一般に代理反応といいますが、本研究では核分裂質量数収率曲線を代理反応として初めて取得する方法を開発しました。

図2

図2 シリコンΔE-E検出器(写真)で検出された散乱粒子のスペクトル。
酸素(O)、窒素(N)、炭素(C)など様々な同位体が識別できており、これに対応して複合核の核種を決定しました。

【得られた成果】

得られた結果を図3に示します。図からわかるように、1回の実験で14核種のデータを取得することに成功しました。このうち、231,234Th, 234,235,236Paについては、本実験により初めて取得したデータとなります。また、実験では、複合核が有する様々な励起状態を事象ごとに識別し、励起エネルギーに依存した核分裂を調べることに成功しました。これは、代理反応の視点から、入射する中性子エネルギー依存性を調べることと等価です。図3の縦の並びは、中性子エネルギーに換算した値として示しています。低い方では熱中性子~1MeVのデータ、高い方では50MeV入射のデータが得られました。本実験手法によれば、核種と中性子エネルギーに対するデータを1つの反応で得られることになり、多核子移行反応の有用性を示しています。

本研究では、動力学モデルによる計算を行い、実験データとの比較を行いました。このモデルでは、複合核状態にある原子核の形が時間とともに変形し、最終的に2つの核分裂片に分かれる過程をシミュレートするものです。図4に示すように、原子核は、その形状に対応したポテンシャルエネルギーを持ち、エネルギーの低いところを経由して核分裂が進むと考えます。ここで、左の図は、原子核の励起エネルギーが高い場合に原子核が感じるエネルギーを表し、このような状態は入射させる中性子のエネルギーが高い場合に生じます。しかし、励起エネルギーが低い場合、右図のようにポテンシャルエネルギーの変化が生じます。励起エネルギーが低いと、原子核の内部構造、すなわち中性子や陽子のエネルギー準位の分布が示す粗密構造(殻構造)が現れ、これに起因するエネルギー補正が必要となります。計算では、このようなミクロな効果を取り入れました。このようなポテンシャルエネルギーを基に、動力学モデルを適用することで原子核形状の時間発展をランジェバン方程式によって計算し、原子核がどのような質量数に分裂するかを調べました。このモンテカルロ法による計算結果を図3に曲線で示します。この計算では、原子核を構成する陽子や中性子が原子核表面をたたくことによって生じる原子核の局所的な振動運動を取り入れました。これにより、核分裂においては、ある平均値のまわりに揺らぎを持ちながら進展するため、結果として質量数に分布を与えます。図3に示すように、本計算結果では、特に中性子エネルギー換算で20MeV以下のデータをよく再現しています。このような、原子核の基本的なふるまいに立脚した理論計算により、質量数収率分布を説明したのは初めてと言えます。

図3

図3 18O+232Th反応によって取得した14核種の核分裂片質量数収率曲線。
複合核の励起エネルギーから、入射中性子エネルギーに換算した値を右に示しています。曲線は揺動散逸理論によるモデル計算の結果で、非対称な分布から対称な分布に変化する様子が再現されています。

【波及効果、及び、今後の展開】

利用できる高純度のアクチノイド標的として、232Thのほか、238U、237Np、243Am、248Cm、249Cfなどがあります。これら一連の標的を用いた同様の実験により、核変換に必要な核種のデータをすべて取得できるのみならず、これまで未測定であった核種の核分裂過程を調べられることになります。特に中性子数の多いアクチノイド原子核の核分裂研究など、新たな領域の核分裂を調べることができます。理論に関しては、核分裂過程をより本質的な概念で記述しているため、対象とする核種やエネルギー領域を選ばない、汎用性の高いモデルであるといえます。

図4

図4 原子核のポテンシャルエネルギー曲面を示します。
揺動散逸理論による核分裂の時間発展の様子は実線で示すようになり、平均的な軌道の周りをランダムな動き(振動)を持ちながら進んでいきます。低励起状態では、原子核の殻構造により、質量非対称な経路が生まれていますが、高励起状態では質量対称分裂にむかって核分裂が進みます。このポテンシャル曲面の変化を取り入れることで、中性子エネルギーに対する核分裂核データの評価が可能となります。

書籍情報

雑誌名:Physics Letters B

タイトル:Fission fragment mass distributions of nuclei populated by the multinucleon transfer channels of the 18O + 232Th reaction.

著者:R. Léguillon1, K. Nishio1, K. Hirose1, H. Makii1, I. Nishinaka1, R. Orlandi1, K. Tsukada1, J. Smallcombe1, S. Chiba2, Y. Aritomo3, T. Ohtsuki4, R. Tatsuzawa5, N. Takaki5, N. Tamura6, S. Goto6, I. Tsekhanovich7, A.N. Andreyev1,8

所属:1日本原子力研究開発機構、2東京工業大学, 3近畿大学、4京都大学、5東京都市大学、6新潟大学、7ボルドー大学、8ヨーク大学

DOI:10.1016/j.physletb.2016.08.010


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