補足説明資料

【研究開発の背景と目的】

図1

パーキンソン病は進行性の神経難病で、50~60歳代で発症することが多く、超高齢化社会を迎えた現在、その治療や予防は社会的にも重大な関心事です。パーキンソン病の患者の脳細胞には、「α-シヌクレイン」と呼ばれるタンパク質同士が線維状に集合した状態(アミロイド線維)が蓄積していることが知られています。このアミロイド線維の形成がパーキンソン病発症のカギとされています。パーキンソン病の発症の仕組みを探る上で、アミロイド線維がどのように形成されるかを解明する必要がありますが、残念ながら未だ解明されていません。

「α-シヌクレイン」のアミロイド線維は、大腸菌に作らせたタンパク質を利用して人工的に作り出すことが可能です(図1)。本研究では、アミロイド線維形成の仕組みの手がかりを得るために、大腸菌に作らせた「α-シヌクレイン」を用いて、タンパク質分子一つ一つが単独で存在する正常な状態とアミロイド線維状態(図2)それぞれの性質を調べました。

図2
図3

タンパク質内部の原子の位置は、厳密に固定された構造を持つのではなく、常にゆらいでいます。このゆらぎをもたらす運動が、タンパク質が機能する上で重要と言われています。アミロイド線維の形成には、このタンパク質の運動の変化が関係すると言われています。中性子準弾性散乱という実験手法により、タンパク質全体の運動やタンパク質内部の原子の運動を調べることができます。そこで、J-PARCの物質・生命科学実験施設において、正常状態およびアミロイド線維状態における「α-シヌクレイン」について、中性子準弾性散乱実験をおこないました(図3)。

なお、測定に用いた試料の調製は大阪大学および鳥取大学が担当し、中性子準弾性散乱実験と解析は量研機構、J-PARCセンター、総合科学研究機構が担当しました。

【研究の手法と成果】

中性子準弾性散乱実験からは、タンパク質全体の運動とタンパク質内部の原子の運動の平均像を得ることができます。図4に、正常状態およびアミロイド線維における「α-シヌクレイン」全体の運動のしやすさを表す拡散係数を示します。タンパク質がアミロイド線維という集合状態、つまり大きな塊となることにより、予想どおり、拡散係数が小さくなりタンパク質全体の運動が大きく制限されることが分かります。一方、図5に示した、タンパク質内部の原子の運動の大きさは、正常状態では4Å(1Å=0.1ナノメートル)程度ですが、アミロイド線維では逆に6Å程度と大きくなるという意外な事実が分かりました。つまり、集合状態において「α-シヌクレイン」内部の原子の運動の大きさが正常な状態に比べて大きくなるという、異常なふるまいを示すことが、中性子準弾性散乱によって世界で初めて観測されました。

本成果は、タンパク質の集合状態という束縛された状態にもかかわらず、「α-シヌクレイン」内部の原子自体は正常状態よりも自由にふるまえることを示しています。これは、「α-シヌクレイン」はアミロイド線維中の方がむしろ安定であり、このためにアミロイド線維形成が自然に進む可能性を示唆しています。これはアミロイド線維形成の仕組み解明の大きな手がかりとなり、さらにその知見に基づく疾病の抑制につながると期待されます。

図4

【今後の期待】

アミロイド線維は、「α-シヌクレイン」によるパーキンソン病に関係したもののみではなく、アルツハイマー病や家族性アミロイドポリニューロパチー5)をはじめとする種々の疾患発症に関係しています。今後、それぞれの疾病に関連するタンパク質のアミロイド線維について系統的に調べていくことで、アミロイド線維形成と疾病発症の根本的な関係の解明に繋がることが期待されます。

また、本研究のもう一つの特色は、タンパク質の構造のゆらぎをもたらす運動に生じる異常と、疾病発症の原因とされるアミロイド線維などの異常な構造が、密接な関係にあることを示した点です。これは運動の異常を抑えることで異常な構造の形成を抑えることができる可能性を示しており、「タンパク質の運動の制御」という全く新しい考え方に基づく創薬につながっていくことが期待されます。

【論文掲載情報】

本研究成果は、オープンアクセスの国際雑誌「PLOS ONE」に、4月20日2:00 PM(米国東部標準時)に掲載されました(http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0151447)。
論文タイトル:Dynamical behavior of human α-synuclein studied by quasielastic neutron scattering
著者:S. Fujiwara, K. Araki, T. Matsuo, H. Yagi, T. Yamada, K. Shibata, and H. Mochizuki


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