発表内容:

ニュートリノに質量があることは梶田隆章教授のノーベル賞につながった実験研究などで明らかになっているが、質量の実際の値は未知のままである。それを知る方法として現在追求されているのが、図1に模式的に示されているゼロニュートリノ二重ベータ崩壊の半減期の測定である。ゼロニュートリノとは、ニュートリノを出さない、という意味であり、ニュートリノが自分自身の反粒子でもあるために二重ベータ崩壊で生成される2個のニュートリノが互いに消し合ってしまう(注1)。ニュートリノがそのような性質(マヨラナ粒子と呼ばれる)を持っているかどうかもまだ解答のないことであるが、そうである可能性は高い。その場合に、ゼロニュートリノ二重ベータ崩壊の半減期からニュートリノの質量を求めるには核行列要素と呼ばれる量が分かっていなければならない。

ゼロニュートリノ二重ベータ崩壊の半減期を測る実験のプロジェクトは世界各地の先端大型実験装置によって進められている。宇宙線の影響を排除するために、地下に作られた施設で行われ、日本でも岐阜県神岡町で、大阪大学のグループを中心にCANDLES実験施設の建設が進められている。

本研究グループはそのような核行列要素の、現在最も精密と考えられる計算を行った。計算は陽子と中性子から成る多体系としての原子核の構造に関するもので、手法は量子多体問題のものが使われる。近似のモデルなどに応じて、これまでに幾つかの方法によって計算が成されてきたが、結果がかなり分散していて、方向性が見えていなかった。

核行列要素はゼロニュートリノ二重ベータ崩壊を起こす原子核(母核と言う)とその結果出来る原子核(娘核と言う)の性質で決まる。原子核は陽子と中性子の集合体であり、核力という力でまとまって塊になっている。本研究ではカルシウム48原子核が母核で、チタン48が娘核であり、陽子と中性子を合計して48個の粒子から量子多体系を解くことによって、それぞれの原子核の内部構造が分かり、核行列要素が計算できる。二重ベータ崩壊には2ニュートリノ二重ベータ崩壊(図1)もあり、その実験データによって、本研究の妥当性が検証された。ただし、それはニュートリノ質量には結びつかない。

本研究グループは、殻模型(注6)という方法によって核行列要素を計算した。48個の陽子や中性子の内、活性度をどの程度完全に近いところまで扱うか、という点で幾つかの異なる近似がある。従来の殻模型計算では48個の1/6である8個だけがほぼ完全に活性化された近似であったのであるが、今回の計算では2/3に当る32個を活性化した計算を行い、大幅に確度を上げた。それを達成するために、「京」を利用して、20億次元の巨大行列を対角化するという大型の数値シミュレーションを実現した。それにより、以前のより小規模な殻模型計算に比べて核行列要素の値が大きくなり、半減期が、他の条件が全く同じとして、約半分になる効果を見出した。

本研究成果は、学術の基礎に関わる研究成果であり、即効的な社会的意義は特にないと言える。しかし、核行列要素の値が分からないと巨額の費用をかけて建設した実験装置からのデータが最終的な知見にならない。実際的な効用としては、核行列要素の値が大きいと二重ベータ崩壊は早く起こるので測定の待ち時間は短くなる。言葉を変えれば、同じ試料・設定からイベントがより頻繁に起こるので、実験はやり易くなる。本研究成果は、実験施設や実験計画の設計においても重大な要素になることが期待される。ゼロニュートリノ二重ベータ崩壊はカルシウムよりも重い原子核についても実験準備が世界各地で進んでいる。幾つかの原子核の結果を総合してより確度の高い結論が得られる。それらに対応した核行列要素の計算はさらに大型のシミュレーションとなり、場合によっては次世代のポスト「京」コンピュータ(注4)によって実現されることになろう。

本研究対象のカルシウム48からの二重ベータ崩壊は、日本においては大阪大学の岸本忠史教授らによって奈良県大塔村の実験施設で研究されていたが、現在は岐阜県神岡町の CANDLES実験施設に引き継がれてゼロニュートリノ二重ベータ崩壊の発見を目指した研究が進められている。

(詳細については、http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/candles/index.htmlを参照下さい。)

発表雑誌:

雑誌名:Physical Review Letters (フィジカル レビュー レターズ、アメリカ物理学会)
論文タイトル:Large-scale shell-model analysis of the neutrinoless ββ decay of 48Ca
著者:Y. Iwata, N. Shimizu, T. Otsuka*, Y. Utsuno, J. Menendez, M. Honma, T. Abe


戻る