【研究の背景】

陽子や中性子は、核力とよばれる引力で互いに結びついて原子核を形成しますが、核力の性質には謎が多く、そのためなぜ原子核が存在できるのかという重要な問いに私たちは完全には答えることができません。陽子・中性子に似た別粒子(ラムダ粒子など)を作り、その粒子と陽子や中性子の間ではたらく力が核力とどう異なるのかを調べることで、核力の謎が解明できるのではないかと期待されています。そこで、陽子と中性子でできた通常の原子核の中に、ラムダ粒子などの異粒子を入れた“ハイパー核”を人工的に作ってこれらの粒子の間の力を調べる研究が、J-PARCハドロン実験施設注3を中心に世界の加速器施設で進められています。

原子核の荷電対称性は、陽子と中性子とが(電荷の有無を除くと)ほとんど同じ性質を持つこと、そしてそれによって陽子・陽子の間の力と、中性子・中性子の間の力がほとんど同じになることから生じます。同様に、ラムダ粒子・陽子の間の力と、ラムダ粒子・中性子の間の力にも、ほとんど差はなく、ラムダ粒子の入ったハイパー核でも荷電対称性は良く成り立っていると予想されてきました。ハイパー核でこの荷電対称性がどの程度正確に成り立っているのかを通して、ラムダ粒子と陽子や中性子の間の力を詳しく知ることができます。

【研究の内容と成果】

東北大学・KEK・JAEAなどからなる国際共同実験E13グループ(実験責任者:東北大学 田村裕和、14機関、54名)は、J-PARCハドロン実験施設において、ヘリウム4ハイパー核4ΛHeの放出するガンマ線をはじめて精密に測定し、4ΛHeの基底状態(核全体のスピン0)と励起状態(核全体のスピン1)の質量差が1.406 MeV/c2であることを見いだしました。これは、過去の実験で分かっている水素4ハイパー核4ΛHの励起状態と基底状態の質量差1.09 MeV/c2と大きく異なるため、ラムダ粒子が原子核の荷電対称性を崩していることが判明しました。さらに、別の過去のデータと組み合わせると、図1(右)に示したように、基底状態では大きな質量差があるのに対し、励起状態では両者の質量差がほとんどないことがわかりました。これは、荷電対称性の破れが、図1(右)に黄色の矢印で示すような粒子のスピンの向きに依存していることを示しています。ラムダ粒子が荷電対称性を大きく壊す働きをしている理由はまだわかっていませんが、この働きがスピンの向きに依存することは、この謎を解く手がかりになると思われます。

実験では、ヘリウム標的にハドロン施設で作られたK-中間子のビームを照射して、ヘリウム4ハイパー核4ΛHeを作り、その際にハイパー核の内部から放出されるガンマ線のエネルギーを精密に測定したところ、図2のスペクトルが得られ、1.406 MeVのエネルギーをもつガンマ線が観測されました。このガンマ線測定は、多数の特殊なゲルマニウム検出器等からなるHyperball-Jとよばれるハイパー核専用の大型ガンマ線測定装置(図3)で行いました。なお、この装置は、J-PARCのような大強度ビームの環境下でもガンマ線を精密に測るために科学研究費補助金によって東北大学が開発・製作したもので、世界最高レベルのガンマ線測定性能を誇っています。

今回の結果は、2015年4月下旬の利用運転で行われた実験によって明らかになりました。

【今後の展望】

今回の実験では、ハイパー核の大きな荷電対称性の破れを発見しました。しかしその対称性の破れの原因は、現在のところ説明することができません。今後研究が進み、ラムダ粒子と陽子・中性子の間の力を正しく理解できるようになれば、その原因がわかると期待されます。

こうした原子核の荷電対称性は、陽子や中性子の構成要素であるアップクォーク(u)とダウンクォーク(d)の性質がほとんど同じであることから生じています。今回の結果は、ごくわずかなuとdの違いが、別のクォークであるストレンジクォーク(s)をもつラムダ粒子によって、大きく増幅されることを示していると考えられます。そのため、この発見は、ラムダ粒子と陽子・中性子の間の力の特異な性質を示しているだけでなく、陽子・中性子・ラムダ粒子などのハドロン(数個のクォークが結びついてできた粒子)が、クォークからどのように作られているのか、さらにこれらのハドロンの間にはたらく力がクォークに基づく考え方によってどう理解できるのか、という基本的な問題に答えるためのヒントにもなります。

また、中性子星の内部では、高密度に圧縮された中性子だけでできた物質の中にラムダ粒子などの奇妙な粒子が混ざって存在すると推測されていますが、今回の結果は中性子星の内部の理解にも影響を与える可能性があります。


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