用語解説:

(注1)磁気モーメント(もしくは磁気)

磁石の強さとその向きを表すベクトル量のことで、図2で言うと、矢印のことを意味する。

(注2)超伝導量子干渉計(SQUID)

弱く結合した2つの超伝導体をリング状にした素子で、リングを貫く磁束が量子化した値しか許されないために、非常に感度良く磁化の状態を調べられる磁気センサ。

(注3)逆スピンホール効果

スピンホール効果とは、スピン軌道相互作用の強い物質(例えば白金)に電流を流すと、スピンアップとスピンダウンの電子が別々の端に散乱され、蓄積する現象。このとき電流とスピンの量子化軸に直交する方向に、純スピン流(スピンアップ電流とスピンダウン電流の差)が生じる。ただし非磁性体中では、スピンアップとスピンダウン電子は同数個存在するので、この差を電気信号として検出することはできない。逆に何らかの方法で純スピン流を生じることができれば、その逆過程によって、スピンの流れを電気信号に変換できる。この現象のことを逆スピンホール効果と言う。この時、純スピン流と、電気信号を検出する向きに直交する方向に、スピンの量子化軸を向けると電気信号が最大となる。本研究のように、このスピンの量子化軸の向きが、スピングラスの磁気の揺らぎにより乱雑になると、電気信号の大きさが減少する。

添付資料:

図1

図1:純スピン流の概念図。スピンアップとスピンダウンの電子が同数個だけ、逆方向に流れている場合、電荷の流れICは相殺されてゼロとなるが、スピンの流れISはゼロにはならない。これを純スピン流と呼ぶ。

図2

図2:マンガンMnは磁性の基になる磁気モーメントをもつ。Mnの磁気モーメント間には、距離によって決まる相互作用が働く。Mnが銅の中にランダムに配置している時、Mn間に働く相互作用の大きさもバラバラなので、あるところでは強磁性体的(平行に揃える相互作用)に、あるところでは反強磁性体的(反平行に揃える相互作用)に配向しようとする結果、図2のように向きがそろわず、低温でバラバラに固化する。磁気モーメントが固化する温度(濃いグレーの矢印の配置になる温度)はスピングラス温度Tgと呼ばれ、例えばSQUIDによる磁化測定で決定できる。またそれ以上の温度では、薄いグレーの矢印で記したように、磁気モーメントは固化せず揺らいだ状態となる。

図3

図3:(a) ビスマスBiを銅Cuに添加した合金(Cu99.5Bi0.5)で測定された逆スピンホール効果(白抜き四角)と、さらにマンガンMnを添加した合金(Cu98Mn1.5Bi0.5)で測定された逆スピンホール効果(赤塗り丸)の温度依存性。ある温度(T*)までは両合金とも同じ信号を示すが、T*以下で両者に違いが現れる。(b) Cu98Mn1.5Bi0.5の磁化測定の結果。Tgはスピングラス温度で、Tg以下で磁化が減少を始め、固化が始まっていることを意味している。本研究では、Tg = 10 Kに対し、T* = 40 Kと4倍異なっている。

図4

図4:逆スピンホール効果の信号が減少するメカニズム。マンガンMnがない場合、注入されたスピン流はビスマスBiで電流に変換されるだけだが(①→②→⑤)、Mnの磁気モーメントがあると、固化していなくても、磁気の揺らぎを感じて(③)、スピン流から変換された電流を担う伝導電子のスピンの向きがランダムになる(④)。従って、逆スピンホール効果の信号が減少する(⑤)。一方、T*以上の温度で揺らぎを感じないのは、揺らぎの周波数があまりに高すぎて、伝導電子のスピンが追随できないことが理由である。


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