【背景】

私たちの細胞の中にあるDNAには遺伝情報が書き込まれているため、紫外線や活性酸素、放射線などの刺激によりDNAが傷つくと、正しい情報を伝えることができなくなります。その結果、正常な機能が失われたり、がんを発症したりといった重篤な影響を及ぼすことが知られています。一方、私たちの細胞は、傷ついたDNAを直ちに修復する機能があり、細胞の正常な機能を維持しようとしています。

DNAの傷を修復するメカニズムの研究は古くから盛んに行われてきました。最近の研究から、DNAと結合して染色体を構成しているヒストンと呼ばれるタンパク質が、傷ついたDNAの修復に重要な役割を果たしていることが徐々に明らかになってきました。例えば、細胞内でDNAの二重らせんが切断されると、切断箇所の近くにあるヒストンが酵素により化学修飾5)を受けます。これをきっかけに、様々なDNAを修復するタンパク質が切断箇所に集合すると予想されています。

このように、DNAの修復中にヒストンが受ける化学修飾の種類や、修飾される位置については次第に分かりつつありますが、ヒストンの立体構造そのものの変化については注目されていませんでした。私たちは、化学修飾により低分子が付加してヒストンの形が変わることで、DNA修復タンパク質が集合する時の目印になっているのではないかと考え、タンパク質の立体構造変化が分かる円偏光二色性スペクトル測定という手法を用いてヒストンの形の変化を観測することを試みました。

【研究手法と成果】

培養したヒトがん細胞にX線を40グレイ(Gy)照射して、細胞核中のDNAを多数の断片に切断しました。その後、細胞を30分間培養してDNA修復を行わせた後、数種類あるヒストンのうちでもH2A及びこれと結合しているH2Bと呼ばれるタンパク質を取り出し(照射試料)、円偏光二色性スペクトルを測定しました。過去の研究から、DNA修復にはH2Aの一部が関与していることが知られています。比較のために、X線を照射していない細胞からも同じ方法でヒストンを取り出し(非照射試料)、円偏光二色性スペクトルを測定しました(図1)。

図2

図1.試料作製の概略図

X線を照射した細胞では、培養中にDNA修復が行われます。傷ついたDNAの近くにあり、DNA損傷修復に関わったヒストンを黄色で、近くに損傷がなく修復に関わっていないヒストンを青色で示しています。

図2に示した円偏光二色性スペクトルを比較すると、照射試料と非照射試料でスペクトルの形が変化していることが分かります。円偏光二色性スペクトルの形は、タンパク質の立体構造を強く反映しているので、この結果は、DNAの修復中にヒストンの立体構造が変わったことを意味しています。さらにスペクトル変化を詳細に解析したところ、照射細胞から抽出したヒストンは、非照射の場合に比べて、αへリックスと呼ばれるらせん状の構造を多く含んでいることが明らかになりました。照射試料中のヒストンの分子量が変化していないことから、らせん状構造の増加は、らせん状の分子が直接付加したのではなく、通常、他の構造を形成している部分が、らせん状の構造に変化したと考えられます(図3)。

図3

図2.非照射試料(黒)と照射試料(赤)の円偏光二色性スペクトル

波長208 nm、222 nm付近に負のピークが現れるのは、タンパク質がらせん状の構造を持っていることを示し、タンパク質に含まれるらせん状の構造が多いほど、これらのピークが負側に大きくなることが分かっています。スペクトルの形を数学的に解析することで、らせん構造の量を求めることができます。

図4

図3.ヒストンH2A-H2Bの構造の一部がらせん状に変化したことを示すイメージ図

このように飛び出ている部分が実際に変化したのかどうかは、現時点では不明で、さらに調査を進める必要があります。

また、X線照射後の培養時間を24時間まで長くしても、円二色性スペクトルの形は図2の照射試料のものと一致しました。これは、X線照射後、少なくとも24時間は、ヒストンのらせん構造は変化したままであることを意味します。24時間という期間は、DNAの二重らせんの切断損傷の再結合に必要とされる時間(約2時間)よりも長いため、DNAの再結合後も染色体を安定化させるための役割をこのヒストンの構造変化が担っていると予想されます。

【今後の期待】

本研究により、放射線を照射した細胞では、放射線障害を回避するため、DNAと共に染色体を構成するヒストンタンパク質の立体構造を細胞が自ら変化させることを発見しました。今後、この構造変化の原因や染色体を安定化する役割を詳しく調べることで、傷ついたDNAを細胞が自ら修復するメカニズムの全容が解明できるようになります。さらに将来、薬剤を用いるなど人工的にこのような構造変化を促しDNA損傷の修復の効率を上げることで、放射線がん治療における正常組織の放射線障害を抑制・防止する技術の開発にも繋がると期待されます。

【付記】

本研究の一部は、原子力機構 黎明研究及び日本学術振興会 科研費 若手研究(B)(課題番号:15K16130)の助成を受けて行われました。また、円偏光二色性スペクトル測定は、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NIMS分子・物質合成プラットフォーム)の支援を受けて、国立研究開発法人物質・材料研究機構において行われました。


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