【研究の背景】

ペロブスカイト酸化物は、強誘電性、圧電性、超伝導性、巨大磁気抵抗効果、イオン伝導など、多彩な機能を持つため、盛んに研究されている。PbCrO3(クロム酸鉛)は、強誘電体として良く知られているPbTiO3(チタン酸鉛)からの類推で、Pb2+Cr4+O3の価数状態を持つと50年間もの間信じられてきた。しかし、PbTiO3に比べて約2%大きな体積を持つこと、また、Cr4+を含む化合物に期待される金属伝導性を示さず、絶縁体であることなどが長年の謎であった。さらに最近、2万気圧への加圧で10%もの巨大な体積収縮が起こることが発見され、そのメカニズムの解明が望まれていた。

【研究成果】

今回の研究では、PbCrO3が、Pb2+0.5Pb4+0.5Cr3+O3の価数状態を持つこととともに、図1に示す様に、2価の鉛と4価の鉛がランダムに存在する「電荷グラス」状態であることが分かった。異なる価数のイオンがランダムに凍結する「電荷グラス」は、価数を整数からずらした銅酸化物やマンガン酸化物で見つかっているが、整数価数の酸化物で観測されるのはこれが初めてである。

加圧するとクロム(Cr)の電子が一つ4価の鉛(Pb)に移ることで、クロムの価数が3から4価に変化し、酸素をより強く引きつけるようになる。このため、ペロブスカイト構造の骨格をつくるクロム(Cr)-酸素(O)の結合が縮み、約10%もの体積収縮が起こる。また、絶縁体から金属への転移が起こる。

同様の圧力印加による電荷の移動と約3%の体積収縮は、BiNiO3(ビスマス・ニッケル酸化物)でも観察されている。ビスマス(Bi)の一部をランタン(La)で置換したBi1-xLaxNiO3、あるいはニッケル(Ni)を鉄(Fe)で置換したBiNi1-xFexO3は、昇温で体積が収縮する、負の熱膨張材料である。BiNiO3の体積収縮が約3%であるのに対し、PbCrO3の圧力下での体積収縮は約10%にも達するので、同様の元素置換を行うことにより、BiNiO3以上の巨大な負熱膨張をしめす材料を開発できると期待される。

大型放射光施設SPring-8(用語4)のビームラインBL02B2での放射光X線粉末回折実験(用語5)と、BL22XUでの放射光X線全散乱データPDF解析(用語6)、BL47XUでの硬X線光電子分光測定(用語7)により、Pb2+とPb4+が存在し,それらが乱雑に配列していることが分かった。鉛イオンが整然と配列していないことは、走査透過電子顕微鏡観察(HAADF-STEM、用語8)でも確かめた。また、BL14B1での圧力下X線解析実験で格子定数(用語9)の変化を観察し、圧力下では約10%の体積収縮が起きることを確認した。また、この圧力で絶縁体から金属への転移が起こるため、高圧相はPb2+Cr4+O3であると考えられる。

【今後の展開】

今回そのメカニズムを解明したPbCrO3では、圧力印加により10%もの巨大な体積収縮が観察されることから、研究を進め、同様の性質を持つBiNiO3(ビスマス・ニッケル酸化物)で行われたのと同様の元素置換を施すことで、超巨大負熱膨張材料が開発できるとの期待が持たれる。負の熱膨張材料は、精密光学部品や精密機械部品など、精密な位置決めが要求される場面で、熱膨張による位置決めのずれを抑制するのに使えると考えられており、今回の発見は、こうした材料開発の進展につながるものと注目されている。

【付記】

本研究は産業技術総合研究所のHyunjeong Kim博士、榊浩司博士、中村優美子博士、東京大学工学系研究科総合研究機構の幾原雄一教授、米国オークリッジ国立研究所の松田雅昌博士、Jie Ma博士、Stuart Calde博士、独国マックスプランク研究所の磯部正彦博士、独国ユーリッヒ研究所のMartin Schlipf博士、Konstantin Rushchanskii博士、Marjana Ležaić博士との共同で行われた。

本研究の一部は、神奈川科学技術アカデミー・戦略的研究シーズ育成事業「革新的巨大負熱膨張物質の創成」(代表・東正樹東京工業大学教授)、文部科学省・科学研究費補助金・新学術領域研究「ナノ構造情報のフロンティア開拓—材料科学の新展開」(代表・田中功京都大学教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・若手研究B「電界誘起の構造相転移を用いた巨大な圧電応答の実現」(代表・北條元東京工業大学助教)、「巨大な正方晶歪みのもたらす特異的な物性の探索」(代表・岡研吾中央大学助教)の援助を受けて行った。


戻る