【研究開発の背景と目的】

トロイダル磁場コイルは、イーターの主要機器の一つで、強力な磁場によって数億℃のプラズマを閉じ込める超伝導を用いた電磁石です(図1)。イーターでは、全部で19機のトロイダル磁場コイルが製作されますが、この製作を日欧で分担し、日本は9機の製作を担当しています。トロイダル磁場コイルでは、導体が超伝導となる極低温(-268℃)でかつイーターの20年間の運転期間に照射される放射線(1平方メートル当たり1022個の中性子、1000万グレイ)の環境において、要求される電圧(1万9千ボルト)に耐える電気絶縁が必要でした。

図1

図1 イーター、トロイダル磁場コイル、超伝導導体及び積層テープ

トロイダル磁場コイルの電気絶縁は、複数の絶縁バリアとガラス繊維を接着させた積層テープを超伝導導体に巻付けて、毛細管現象4)を利用して、真空でガラス繊維層に樹脂を浸透させ(真空含浸)、その後、樹脂を硬化させるために熱を加えて硬化して製作します。トロイダル磁場コイルは、高さは約14メートル、幅は約9メートルの大型超伝導コイルであるため、真空含浸に用いる樹脂は、長く狭い隙間を浸透させるため粘度が低く、トロイダル磁場コイルに照射される放射線に耐える樹脂であることが求められます。また、硬化温度が高いと電気絶縁層に熱による歪みが加わるため、より低い温度で硬化できる樹脂であることが求められます。

積層テープは、絶縁バリア同士が重なり合うと樹脂の流れが阻害されるため、絶縁バリアの間にガラス繊維層を規則的に配置して樹脂が浸透する流路を確保する必要があります(図2)。絶縁バリアとガラス繊維層を接着すれば、これが容易になり、電気絶縁の品質が格段に向上します。

図2

図2 電気絶縁の構成と樹脂の浸透

従来の耐放射線性樹脂を用いて接着した積層テープは200℃程度の高温で硬化させる必要があり、160℃程度以下の低温で硬化させる必要がある核融合炉用超伝導コイルへの適用が困難でした。そこで、耐放射線に優れ、真空含浸に用いる樹脂と同等の温度(150℃程度)で硬化できる接着剤を開発し、イーターのトロイダル磁場コイル用電気絶縁材に適用することを目指しました。

【課題と開発の手法】

真空含浸に用いる樹脂と同等の温度で硬化できる接着剤を開発するため、真空含浸に用いる樹脂をベースとして新たな接着剤を開発し、耐放射線性に優れる積層テープの開発を目指しました。

①積層テープの接着剤は、絶縁バリアとガラス繊維を接着させるために適度な粘性を有する必要があります。他方、大型コイルの真空含浸に用いる樹脂は、樹脂を隙間無く浸透させるために、極力粘度を低くする必要があります。この相反する特性のため、従来、試作した接着剤ごとに照射試験を実施し、性能を確認する必要がありましたが、簡易的に測定可能なガラス転移温度を放射線に強い分子構造となっていることを示す指標とすることで、最適な組み合わせを決定できることが分かり、試作時間・費用を大幅に短縮することができました。最終的に選定した候補樹脂について、照射試験を行い、優れた耐放射線性能・電気絶縁性能を示すことを確認し、最適な粘度の樹脂の開発を行いました。

②積層テープを導体に巻いた後、電気絶縁の機械強度を高めるため、真空含浸により積層テープの隙間に樹脂を浸透させる必要があります。積層テープに用いた接着剤が真空含浸用の樹脂に溶け出すと樹脂の浸透が妨げられ、電気絶縁に不良が生じる問題がありました。接着剤を硬化すれば樹脂に溶け出すことを防止できますが、一方、積層テープを巻き付けるためには折り曲げができる必要があります。このため、接着剤の硬化状態をコントロールし、半硬化状態とすることでこの問題を解決しました。加えて、樹脂の浸透性を評価する試験を実施し、良好に含浸されることを確認しました。

③イーターのトロイダル磁場コイルはこれまでにない大きさで数十メートルの長く狭い隙間に毛細管現象を利用して樹脂を浸透させる必要があり、これを不良なく製作できるかが大きな課題でした。低粘度の樹脂と樹脂の浸透を妨げない積層テープを用いた最終的な検証として、トロイダル磁場コイルの1/3規模で真空含浸及び加熱による硬化を実施し、数十メートルに及ぶ狭い隙間にまで樹脂が浸透し不良がないことを確認しました(図3)。

図3

図3 トロイダル磁場コイルの1/3規模の検証試験

これにより、大型コイルへの適用性を実証し、トロイダル磁場コイルに適用可能な「高性能な耐放射線性電気絶縁用積層テープの開発」及び「大型超伝導コイルの電気絶縁技術の確立」に成功しました。イーターのトロイダル磁場コイルの製作に向けて進めてきた大型超伝導コイルの耐放射線性樹脂の開発で得られた知見である、①耐放射線性の検証、②浸透性の検証及び③大型超伝導コイルの真空含浸に関する技術を組み合わせることによって、候補樹脂を選定し、開発した積層テープが大型超伝導コイルの電気絶縁に適用できることを検証し、困難な課題を解決しました。

【得られた成果】

このように積層テープを開発し、大型超伝導コイルの電気絶縁技術の確立に成功することができました(図4)。積層テープに要求される耐放射線性能を有することを確認するために、イーター機構が放射線(1平方メートル当たり2×1022個の中性子、1.1億グレイ)の照射及び機械試験を行い、従来の積層テープと比較して10倍以上の放射線に耐えることが確認されました。これより、トロイダル磁場コイルに要求される性能を持つことがイーター機構に承認され、国際的にも高い性能が認められました。その結果、本積層テープは日本が製作しているトロイダル磁場コイル(1機あたり約4トン(約250キロメートル))において本年6月から開始した電気絶縁作業に使用されています。また、欧州が担当するトロイダル磁場コイルの製作にも採用されました。これにより、開発した積層テープはイーターの全てのトロイダル磁場コイルに使用されることになりました。

図4

図4 耐放射線性積層テープ

【今後の予定】

開発した積層テープは、イーターのトロイダル磁場コイルのための電気絶縁材料として使用されます。トロイダル磁場コイルの製作完了後、フランスのイーター建設地(南フランスのサン・ポール・レ・デュランス)まで輸送され、イーターに組み込まれます。

本積層テープは将来の核融合原型炉用超伝導コイルの電気絶縁技術に寄与できるばかりでなく、本積層テープで得られた知見から、積層テープの接着剤の配合を調整することで、耐放射線性を高めることが可能であるため、より厳しい条件が求められた場合でも対応できます。また、放射線環境下で運転される加速器等に用いられる超伝導コイルばかりではなく、放射線環境下で運転されるあらゆる電気機器の電気絶縁にも応用が期待されます。


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