【研究の内容】

電子の磁気的性質であるスピンを利用することで、電子デバイスの大幅な省電力が期待されています。そのようなデバイスを実現するためには、磁性体や磁場を使うことなく、電子スピンを電気的に制御する技術の確立が重要です。ここ10年ほどの間に、スピントロニクス研究分野では、電子スピンの電気的制御技術の基となる新しい物理現象が相次いで発見されています。新しい現象が見つかる度に、新しい観測手段の開発が求められています。原子力機構では、電子スピンの新しい観測手段として、スピン偏極陽電子ビームを開発しています。この技術は、物質最表面の電子スピンを非破壊的に検出する上で極めて有用です。

図1

左図:スピン偏極陽電子ビーム装置の例。中央図:測定方法の模式図。右図:試料の写真(一例)。

今回注目したビスマス(Bi)と銀(Ag)の接合体では、ラシュバ-エデルシュタイン効果(5)と呼ばれる物理現象により、電流印加により電子スピンを配列させることができると考えられています。これまでの研究では、Agの表面に強磁性体電極をつけることでBiとAgの接合部に電子スピンを供給し、その結果生ずる電気信号を検出していました。しかし、電流を印加することで、BiとAgの接合部でスピンが配列するという直接証拠はありませんでした。そこで、スピン偏極陽電子ビームを用いて、電流印加状態で電子スピンを直接観測しました。

図2

左と中央の図:ビスマス・銀表面において観測された電子スピン配列度合とビスマス・銀の厚さの関係。
右図:ビスマスと銀の接合面で配列した電子スピンが伝搬して表面に移動する模式図。青の矢印は電子スピンの向きを表す。

その結果、BiとAgの表面において、電流の向きに対して垂直方向に電子スピンが配列していることが発見されました。また、BiとAgの厚さを薄くするとスピン配列度合が良好になることが分かりました。これらの知見は、BiとAgの接合体に電流を印加することで、接合部において電子スピンが配列していること、及び、その電子スピンがBiとAg内部を伝わって表面に現れていることを示しています。

このように、スピン偏極陽電子ビームを使うことで、電流印加状態にある接合体で生じた電子スピン配列の直接観測が可能となり、さらに、物質内部におけるスピンの伝搬に関する知見も得られることが明らかになりました。ここで述べたものに加えて、スピン偏極陽電子ビーム技術は、物質中の原子空孔(6)に存在する電子スピンの検出や、強磁性体中の電子スピンの配列状態の研究にも有用です。今後、スピン偏極陽電子ビーム技術を用いたスピントロニクス材料研究の一層の展開が期待されます。

【論文名・著者名】

“Charge-to-spin conversion and spin diffusion in Bi/Ag bilayers observed by spin-polarized positron beam” (スピン偏極陽電子ビームによって観測されたBi/Ag二層膜中の電荷-スピン変換とスピン拡散)
H. J. Zhang, S. Yamamoto, B. Gu, H. Li, M. Maekawa, Y. Fukaya and A. Kawasuso
To be published in Physical Review Letters


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