【研究開発の背景と目的】

タンパク質は生物の生命活動のために、金属イオンの電荷数7)の違いやイオン半径8)のわずかな違いを識別して結合するなど、緻密な仕組みを有します。多くのタンパク質が必須元素9)の金属を結合することは広く知られていますが、タンパク質が必須元素ではないセシウムを選択して吸着しうるのか、また、その吸着部位はどのような構造をしているのか等は明らかにされていませんでした。特に、東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故によって放出された放射性セシウムの生物への影響を知るためにも、タンパク質におけるセシウムイオンの吸着のしやすさや吸着部位の構造を解明することは重要と考えられます。

そこで、本研究では好塩性タンパク質に着目しました。好塩性タンパク質は、死海のような塩湖・岩塩・塩蔵食品・発酵食品などの塩濃度が高い環境に生息する好塩性細菌が作るタンパク質です。好塩性タンパク質は、塩濃度が高い環境に適応するために多く酸性アミノ酸10)を含有し、多くのマイナスの電荷を有することから、セシウムイオンを含む様々な金属イオンを吸着する可能性があります。本研究では、好塩性タンパク質の中でも比較的高い酸性アミノ酸含量を有し(表1)、且つ、大腸菌への遺伝子組換え11)によって大量に作ることが可能なHaBLAについて、立体構造の解明とセシウムイオンの吸着部位の検出を試みました。

HaBLAを作るために必要な遺伝子の作製は鹿児島大学が担当し、HaBLAの結晶の作製やX線結晶解析およびHaBLAに結合したセシウムイオンの検出は原子力機構が担当しました。

表1 好塩性βラクタマーゼと通常のβラクタマーゼに含まれるアミノ酸の比較

HaBLA
(好塩性βラクタマーゼ)
EaBLA
(通常のβラクタマーゼ)
細菌 Chromohalobacter sp.560
(好塩性細菌)
Enterobacter aerogenes
(通常の細菌)
酸性アミノ酸の数(個)
(アスパラギン酸 + グルタミン酸)
32 + 25 12 + 17
塩基性アミノ酸の数(個)
(アルギニン + リジン)
18 + 9 13 + 18
酸性アミノ酸含量(個/個)
(酸性アミノ酸の数 / 塩基性アミノ酸の数)
2.11 0.94

【研究の手法と成果】

本研究では、まず、高エネルギー加速器研究機構・フォトンファクトリー12) (PF)のX線結晶回折装置NE3Aを用いて、X線結晶解析法によりHaBLAの立体構造を解明しました。その結果、HaBLAの分子表面は、ほとんどが負電荷で占められ、多くの金属イオン吸着部位を有する可能性が明らかになりました(図1)。

続いて、HaBLA結晶に、セシウムイオンを加えてX線の異常分散効果を測定し、HaBLAに吸着したセシウムイオンを検出するとともに、その吸着部位の構造を調べました。X線の異常分散効果によるセシウムイオンの検出は、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター13)のビームラインBL07に設置されたX線結晶回折装置を利用して行いました。その結果、HaBLA分子上にセシウムイオン吸着部位を発見しました。更に、今回発見したセシウムイオン吸着部位は、セシウムイオンに似た性質を有するナトリウムイオン14)がセシウムイオンよりも9倍多く含まれる溶液(濃度0.09 mol/Lのナトリウムイオンと0.01 mol/Lのセシウムイオンが混在する溶液)でも、セシウムイオンを選択して吸着することが明らかになりました(図2)。本研究により、タンパク質にセシウムを選択して吸着する部位が存在することが初めて明らかになりました。また、分子量15)約4万のHaBLA一分子に原子量16)132.9のセシウムが一個吸着することから換算して、1 kgのHaBLAによって約3 gのセシウムを吸着すると見積もられました。

図1


図1 HaBLAの分子表面。
金属イオンの吸着に寄与する多くの負電荷(赤)が存在することが明らかになった。
図2
図2 左:HaBLAに結合した金属イオン。 右:セシウムイオン吸着部位の拡大図。
青の網掛はセシウムイオンの電子密度。この部位は、トリプトファン(W189)のベンゼン環、および、グルタミン(Q186)とトレオニン(T188)の主鎖の酸素(O)によって構成されることが明らかになった。

【今後の予定】

本研究で発見したセシウムイオン吸着部位の立体構造情報を利用すれば、類似した部位を持つタンパク質、即ち、セシウムイオンを吸着しやすいタンパク質を探すことができます。このことは、放射性セシウムを吸収しやすい生物を調べるための新たな手掛かりとなります。さらに、好塩性タンパク質には、セシウムイオン以外の金属イオンの吸着部位も存在する可能性があります。リチウムイオンなどの希少金属イオンを選択して吸着する部位をタンパク質分子上に探し出せば、希少金属を捕集する新たな材料を創製できる可能性もあります。今後、好塩性タンパク質を利用して様々な希少金属・有害金属の吸着部位を探し出し、吸着方法の違いを調査します。


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