【研究開発の背景と目的】

元素の種類とその含有量が分かる分析法は基礎研究から応用に至るまで幅広く利用されており、これまでに様々な種類の分析法が開発されています。その中でも試料を壊すことなく分析出来る手法は非破壊分析法と呼ばれ、試料がそのまま再利用でき、余計な手間がかからない等の利点があるため、原子力分野での放射性物質をはじめ、「はやぶさ」 1)試料のような科学的に重要な試料や希少価値の高い試料を分析する際に欠くことの出来ないツールとなっています。それらの試料からは多くの研究成果が得られると期待されるのですが、複雑な構成元素を持つ試料の場合には分析出来ない事も多いため、非破壊分析法のブレークスルーが切望されていました。

即発ガンマ線分析2)は後述の中性子共鳴吸収分析4)と並んで最も有効な非破壊分析法の一つであり、中性子3)を試料に照射し、中性子が試料に吸収される際に放出される電磁波のエネルギーとその数を測定する事によって元素の種類と含有量の分析を行う手法です。中性子共鳴吸収分析4)も中性子を用いた非破壊分析法です。こちらは中性子が元素毎に異なるある特定のエネルギーを持つときに、非常に良く中性子を吸収することを用いた手法です。つまり、どちらも同じ中性子を用いる手法ですが、即発ガンマ線分析は電磁波のエネルギー、中性子共鳴吸収分析は中性子のエネルギーによって元素を識別する分析法です。どちらの方法も試料を壊さずに元素の含有量を求めることが出来ますが、その2つの分析を同時に行うことは出来ませんでした。また、どちらのエネルギー値も元素と一対一に対応するのではなく、一つの元素に対して多くのエネルギー値をとりますので、同じエネルギー値をとる元素も多く存在します。一般的な分析試料には多くの元素が含まれておりますので、それらの元素が出す電磁波のエネルギーも、反応する中性子のエネルギーもお互いに重なってしまい、試料成分と対象元素によってはどちらの方法でも分析が困難となる場合がありました。

【研究の手法と成果】

原子力機構と首都大学東京は、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)5)に設置された中性子核反応測定装置ANNRI(図1)において得られる世界最高強度のパルス中性子3)を用いる事により、即発ガンマ線分析と中性子共鳴吸収分析を同時に行い、それらを融合することに成功しました。また、新しく開発した分析法では、融合による相乗効果によって、どちらの手法を用いても分析が困難である元素でも正確に分析出来ることを実証しました。さらに、本手法は非破壊元素分析法であるため、試料の前処理が必要なく迅速に分析を行う事が出来ます。

開発した手法の実証実験では、Co,Ag,Au,Cd,Taの5元素を含む標準試料を用いました。これらは原子力分野における実験での標準試料や遮蔽材などとしてよく用いられる元素であり、単元素しか含まない試料の場合では即発ガンマ線分析と中性子共鳴吸収分析のどちらでも簡単に測定が出来る元素です。しかし、これらの元素を混合した試料を測定し、そのなかのCoを分析しようとした場合、電磁波のエネルギーも中性子のエネルギーも他の元素と重なってしまうので、どちらの手法でも解析が困難となります(図2)。

図1

図1 中性子核反応測定装置 ANNRIの概略図。J-PARC MLFに設置されている装置です。ゲルマニウム検出器で電磁波のエネルギーを測定すると同時に、測定した時間から中性子のエネルギーも求めることが出来ます。

図2

図2 5元素(Co,Ag,Au,Cd,Ta)を含む標準試料の測定を行った際に得られる即発ガンマ線分析と中性子共鳴吸収分析よるスペクトル。どちらの方法でもCoが他の元素と重なってしまうため解析は困難です。

この混合試料を開発した分析法を用いて測定すると、3次元スペクトルが得られます(図3a)。このスペクトルを解析すると、Coを選択的に抽出する事ができ、Coにほぼ純化されたスペクトルを作成する事が出来ます(図3b,c)。このスペクトルを解析することにより、他の元素の影響を殆ど受けずに正確に分析することが可能となりました。この例(図3b,c)ではCoを抽出しておりますが、他の元素(Ag,Au,Cd,Ta)でも選択的に抽出する事が可能です。

図3

図3 新しく開発した分析法で取得した3次元スペクトルとそこからCoを選択的に抽出したスペクトル。抽出後はほぼ純粋なピークが得られますので、そのピークを解析することにより、他の元素の影響を殆ど受けない正確な値が得られます。

この混合試料を開発した分析法を用いて測定すると、3次元スペクトルが得られます(図3a)。このスペクトルを解析すると、Coを選択的に抽出する事ができ、Coにほぼ純化されたスペクトルを作成する事が出来ます(図3b,c)。このスペクトルを解析することにより、他の元素の影響を殆ど受けずに正確に分析することが可能となりました。この例(図3b,c)ではCoを抽出しておりますが、他の元素(Ag,Au,Cd,Ta)でも選択的に抽出する事が可能です。

【今後の予定】

今回開発した分析法は原子力分野に限らず、宇宙化学、考古学、地質学、環境などの分野における試料(例えば隕石、土器、金属器、深海試料など)に有効であると考えております。それらの試料は、非常に沢山の元素を含み、非破壊元素分析が望まれる重要で貴重なものや再取得が困難なものが多く存在します。これらの試料を従来法で測定した場合には、今回の実験におけるCoのようにエネルギーが重なってしまい分析が困難となる元素が出てきますが、開発した分析法を使用すれば、それらの元素が分析可能となり、その情報をもとにした研究の進展が期待されます。

【書誌情報】

雑誌名:Analytical Chemistry
論文題名:”Synergistic effect of combining two non-destructive analytical methods for multi-elemental analysis”
著者名:Yosuke Toh1, Mitsuru Ebihara2, Atsushi Kimura1, Shoji Nakamura1, Hideo Harada1, Kaoru Y. Hara1, Mitsuo Koizumi1, Fumito Kitatani1, Kazuyoshi Furutaka
所属:1日本原子力研究開発機構、2首都大学東京


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