【背景】

水の流れが、水路を整備することで必要な場所に必要な量を運ぶことが出来るように、電気の流れは、電気回路を設計することで様々な機能を発揮します。しかし、熱の流れは、温度の高いところから低いところへ向かって拡散していき、制御することが非常に困難です。家の壁に断熱材が無ければ、真冬の室内は凍える寒さになってしまいます。また、断熱材があったとしても、暖房で温め続けなければ、室内の温度は、やがて外気の温度と同じになってしまいます。これは物理学の重要な法則の一つであり、変えることが出来ません。一方で、熱の流れを上手く導くことが出来れば、様々な方法を通じてエネルギーの効率的利用につながることから、とても重要な課題だと言えます。

対象を固体材料に限ると、熱は、固体中の電子や磁気、そして原子の振動などの媒体によって運ばれます。このなかで、電子や磁気は、電場や磁場などによる制御が可能ですが、原子の振動は、電場でも磁場でも制御できないため、固体中を拡散していきます。この原子の振動によって運ばれる熱を制御できれば、エレクトロニクスデバイスのエネルギー使用効率や、熱電素子の性能の向上につながります。そのため、1990年代頃から、ナノ構造などを用いた熱伝導制御に関する研究が進展してきました。

【研究手法と成果】

非磁性絶縁体Tb3Ga5O12,(テルビウムガリウムガーネット、以下TGGという)に温度勾配を与え、それと垂直な方向に磁場を与えたとき、両者に垂直な方向に温度勾配が現れる現象が観測されます(図1)。この現象は、熱流が磁場によって流れの向きを変えたことを意味しており、フォノンホール効果と呼ばれています。この現象において、TGG中の熱流は、電荷も磁気も持たない原子の振動によって運ばれるため、なぜ熱流が磁場によって向きを変えるのかは謎でした。

図1

図1 熱流が磁場によって曲げられる様子(イメージ図)。

今回、当研究グループは、TGGで観測されたフォノンホール効果の起源が、極僅かに含まれた磁性イオン(Tb3+)による原子の振動の散乱によるものであることを理論計算によって明らかにしました。

まず、Tb3+イオンの四重極モーメント1)と呼ばれる電子状態と原子の振動との相互作用を用いて熱伝導度の計算を行いました。この計算結果は、低温における実験結果と一致するものです。そして、Tb3+イオンの電子の向きが互い違いに均衡している状態に対して、磁場を加えると、均衡が崩れることで熱の流れが変わることが分かりました(図2)。これが、フォノンホール効果の起源となります。また、フォノンホール効果の温度依存性を計算したところ、温度と共に増加することも明らかとなりました。

図2

図2 磁場によって出ていく熱流の均衡が崩れる様子(イメージ図)。左図は、入ってきた熱流が、左右均等に出ていく様子。右図は、磁場がかかったため、磁性イオンの状態が変化して、右側に出ていく熱流が増加し、左側に出ていく熱量は現象した様子を表す。

【今後の期待】

本成果は、磁場によって熱流を制御できる可能性を示しており、固体中を伝わる熱を制御できるようになると、エレクトロニクスデバイスのエネルギー使用効率の向上や、熱電素子の性能指数の向上につながります。また、将来的には原子力エネルギーから発生する熱を効率よく取り出す排熱利用への応用が期待され、原子力の経済性向上や安全利用に貢献するものへと発展する結果だといえます。


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