補足説明

約10MeV(メガ電子ボルト)以上のエネルギーを有するガンマ線が原子核に照射されると、原子核がガンマ線を吸収して、代わりに中性子が放出される(図1右)。ガンマ線も含む光には、光を構成する電場と磁場の向きが固定された状態である直線偏光した状態が存在する。 1957年にイタリアの理論物理学者Agodi博士は、直線偏光したガンマ線を吸収した原子核から放出される中性子は、ガンマ線の進行方向に対して90°の角度では、中性子の角度毎の強度Iが、原子核の種類に関係なく、I=a+b・sin(2φ)(φは直線偏光面からの角度)の式になることを予言した(図1左)。 しかし、これまで直線偏光した高輝度ガンマ線を生成することができなかったので、この理論的予言は実証されていなかった。 また、Agodi博士の予言も現在ではほとんど忘れ去られてしまっていた。

図1

図1 ガンマ線を吸収して中性子を放出する模式図と実験の配置図

近年、高エネルギーの電子にレーザーを散乱させて生成するレーザーコンプトン散乱ガンマ線が開発された(図2参照)。 現在MeV領域のレーザーコンプトン散乱ガンマ線は、世界で2か所、デューク大学(米)と兵庫県立大学が管轄するニュースバル放射光で定常的に稼働している。 そこで、ニュースバル放射光で本実験を行った。

図2

図2 レーザーコンプトン散乱ガンマ線の生成方法。

3種類(金、ヨウ化ナトリウム、銅)の物質に対して、直線偏光したガンマ線を照射した。 光核反応で放出された中性子を、90度の角度に設置したプラスティックシンチレーション検出器で測定し、一定時間に放出された中性子の数を数えた。 中性子の角度に対する強度を計測するために、ガンマ線の直線偏光の面の角度を30度刻みで変更して、それぞれの角度における中性子の数を測定した。 この測定を3種類の物質に対して行った。その結果、図3に示すように、全ての物質で、中性子の強度の角度依存性が理論的に予言された通りになっていることが判明した。 この結果をもって、約50年前にAgodi博士によって予言された理論を初めて実証したと言える。

図3

図3 金、ヨウ化ナトリウム、銅ターゲットに直線偏光したガンマ線を照射したときに放出される中性子の強度と、直線偏光の面の角度の相関。黒丸が実験値。 赤い線は、最小二乗法で求めたI=a+b・sin(2φ)関数式。

本研究成果は、原子核物理学の上では、磁気双極子遷移強度を計測することに応用できると期待されている。 原子核がガンマ線を吸収して励起する(エネルギーが高くなる)モードには、電気双極子遷移と、磁気双極子遷移がある。 一般に、10~30MeVのエネルギーのガンマ線を原子核に照射すると、強い電気双極子遷移が発生することが知られている。 一方、磁気双極子遷移が存在すると理論的には予測されていたが、10~30MeVのガンマ線を吸収した場合に発生する磁気双極子の強度(確率)を実験的に計測する確立した手法は存在していない。 本手法を応用すると、中性子の角度に対する強度を計測することで、磁気双極子遷移の強度を計測することが可能になると理論的に予測されている。

磁気双極子遷移を様々な原子核に対して計測できれば、超新星の爆発メカニズムの解明等に寄与する(図4)。太陽より質量が8倍以上重い恒星は、最後に超新星爆発を引き起こす。 その初期では、中心部の鉄が重力崩壊して、原始中性子星を形成する。この中性子星から多量のニュートリノが外部に放出される。 その約99%は全く反応せずに透過して宇宙空間に去っていくが、残りの約1%が中性子星の外側にある鉄、ケイ素といった物質と相互作用することで、超新星爆発を引き起こすと考えられている。 このニュートリノと鉄やケイ素との相互作用の強さは、未解明の問題であり、現在も研究が続けられている。 ニュートリノと(鉄やケイ素などの)原子核との反応する強さは、原子核の磁気双極子遷移の強さと関係することが判っている。 そのため、本手法を用いることで、ニュートリノと鉄等の原子核との相互作用の強さを評価でき、超新星爆発の理解に貢献できる。

図4

図4 超新星爆発とニュートリノの模式図

その他の応用例として、核セキュリティーへの応用が挙げられる。 現在、アメリカを中心に空港、港湾などの重要施設のゲートにおいて、トラック等で密かに運搬される核物質(ウラン235など)や放射性同位体を非破壊で検知する装置が、テロ対策の一環として研究開発されている。 レーザーコンプトン散乱ガンマ線による光核反応も、このような技術に応用可能である。 小型のレーザーコンプトン散乱ガンマ線発生装置と中性子検出器の組み合わせによる装置をゲート等に設置して、テロリストが密かに運搬しようとする核物質等の検知を行うことが考えられる。 そのような検知方式において、中性子の角度による強度の違いが有益な情報をもたらす可能性がある。