[研究の背景と目的]

近年、地球温暖化緩和に向けた低炭素化社会実現だけでなく、東日本大震災以降、電力需要のピークシフトが求められ、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)やスマートグリッド・スマートハウス用電池として必要な、大型リチウムイオン電池が注目を浴びています(図1)。大型リチウムイオン電池は、製造業大国である日本の最先端技術分野であり、今後も新興国の化石燃料消費量は増加傾向が続くことから、世界的に低炭素化社会実現へ向け、リチウムイオン電池のニーズは高い状況です。また、国際協力にて開発中の新たな発電炉である核融合炉においても、炉の中心部で発生するプラズマの周りを覆うブランケットという場所に敷き詰めて、燃料製造や発電に必要な熱を作り出すリチウムを大量に使用するため、発電実証が開始される今世紀半ば以降は、大量のリチウム需要が見込まれています。

図1 普及が進み始めた大型リチウムイオン電池の用途例

地上におけるリチウム資源は、チリ、アルゼンチン等の南米に偏在しており、日本では南米諸国からの100%輸入に頼っています。その埋蔵量は推定3000万トンとすぐに枯渇する量ではありませんが、2013年4月のアメリカ化学会での報告では、南米ではリチウムを含む塩湖の水を膨大な敷地で1年以上かけて自然蒸発させて回収しているため、今後のリチウム需要の急増に生産が追いつかず、資源不足に陥る懸念が報告されています。一方、海水には約2300億トンのほぼ無尽蔵のリチウム資源が存在します。そこで、本研究では、海水中のリチウム資源を回収する革新的な元素分離技術開発を行いました(図2)。

図2 革新的リチウム分離技術による海水からの資源回収

[研究内容と成果]

海水とリチウムを含まない回収溶液間は、イオン伝導体をリチウム分離膜として用いて隔離するだけでなく、その間にリチウム濃度差を生じさせることにより、海水中のリチウムが自然に回収溶液へ選択的に移動する分離原理を発案し、さらにリチウムの移動と同時に発生する電子を電極により捕獲することで、電気を発生しながらリチウムを回収できる全く新しい技術を世界で初めて確立しました(図3)。

イオン伝導体としては、NASICON型結晶構造のセラミックス6)をリチウム分離膜として使用しました。本材料は、発火性が低く、充電量の大きい次世代リチウムイオン電池材料としても期待されています。イオン伝導体中にリチウムのイオンが移動することで、電極間に電子が流れ、電気が発生します。資源回収には必ず外部からのエネルギーを必要としますが、本技術は、リチウム分離過程で電気等の外部エネルギー消費を要しません。従来の塩湖からのリチウム資源回収技術と比べ、省スペース、短時間、さらに、電気を新たに発生することで資源回収のゼロ・エミッション化を目指すことができる革新的な技術です。

図3 海水中のリチウム資源を回収する革新的な元素分離技術

内閣府の最先端・次世代研究開発支援プログラムでは、実験室規模の限界を目指した装置のスケールアップを試みました(図4)。実際の海水を用い、3日間のリチウム回収試験を行ったところ、海水に含まれるリチウムを最大で約7%回収することに成功しました。更に、波及効果の一つとして、海水の代わりに豆腐作りで必須な日本独特の“にがり”(リチウム濃度は海水の約50〜100倍)を用い、同様の試験条件で“にがり”からのリチウム回収も行った結果、海水と同等の回収性能が得られました。

図4 海水からのリチウム回収試験の様子

また、リチウムイオン電池の原料としては、主に炭酸リチウム(Li2CO3)が用いられます。しかしながら、革新的リチウム分離技術におけるリチウム回収液は、希塩酸中に塩化リチウム(LiCl)が溶けた状態で存在するため、原料となるLi2CO3粉末を得るための検討を行いました。まず、リチウム回収液と安価な炭酸ナトリウム(Na2CO3)水溶液を混合し、目的とするLi2CO3の沈殿物を得ます。次に、沈殿物をろ過で回収し、乾燥することで、Li2CO3の粉末精製に成功しました(図5)。

図5 リチウム回収液から沈殿反応により炭酸リチウムLi2CO3粉末を精製

[研究成果の意義及び波及効果]

海水だけでなく、“にがり”からのリチウム資源回収の成功は、使用済リチウムイオン電池からのリチウムリサイクル、海水の塩製造や淡水化処理時に廃棄している濃縮海水からのリチウムを含む各種有用なミネラルの効率的な回収などにも適用可能な、波及効果の高い技術であることを示しています。また、リチウム分離過程で発生する水素ガス(+極)や塩素ガス(−極)は、様々な工業分野でニーズの高いガスです。更に、回収技術が未確立の、ボリビア等の塩湖に多く含まれる硫酸リチウムからのリチウム回収にも適応が期待できる技術です。

日本での食塩製造が塩田から製塩工場へとすべて置き換わったのは昭和40年代と、遠い昔ではありません(図6)。今後はパイロットプラント規模への拡張を目標とし、急増するリチウム資源需要分は海水から確保し、使用済リチウムイオン電池はリサイクルする、リチウム工場によるリチウム資源の循環型社会の実現へ向けた、革新的な科学技術イノベーションの創出を目指します。

図6 日本における過去の資源回収の産業化と新たな産業化目標


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