独立行政法人日本原子力研究開発機構/学校法人早稲田大学/国立大学法人大阪大学

平成25年12月12日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
学校法人早稲田大学
国立大学法人大阪大学

高い細胞接着性を持つ生体に優しいプラスチックの開発に成功
−集束イオンビームを使って医療材料の微細加工に新しい道−
(お知らせ)

【発表のポイント】

独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 松浦祥次郎)量子ビーム応用研究部門環境材料プロセシング研究グループの大山智子任期付研究員は、学校法人早稲田大学(総長 鎌田薫)理工学術院の大島明博客員准教授、鷲尾方一教授、国立大学法人大阪大学(総長 平野俊夫)産業科学研究所の田川精一招聘教授らと共同で、集束イオンビーム1)を使うことにより、局所的に細胞接着性の高い部分を持つ生体に優しいプラスチックの開発に成功しました。

医療や医療応用に向けたバイオ研究の先端技術である医療マイクロマシン2)lab-on-a-chip(ラボチップ)3)の開発では、細胞接着性をはじめとする特定の機能を自由に制御した生体親和性材料の創製がカギとなります。生体親和材料は熱に弱いものが多く、微細な加工を精密に行うことは困難でした。この課題を解決するために集束イオンビームを使った微細加工4)技術の最適化を行い、熱に弱いプラスチックでも、60 nm幅の溝などの超微細構造を±10 nm以下の精度で加工することに成功しました。さらに、加工と同時にダイヤモンド・ライク・カーボン5)様の表面状態を作ることで、局所的に細胞接着性の強弱を制御することが可能になりました。

今後も材料表面の微細加工技術(形状パターニング)と局所的な機能化(機能パターニング)という2つの技術の融合による材料創製技術の高度化を進め、医療材料の実用化を進めていきます。

本研究成果は、米国の応用物理学専門誌『Applied Physics Letters』オンライン版に10月15日に掲載されました。

集束イオンビーム(FIB)装置は、原子のはじき出し(物理スパッタ)作用によってSi基板や金属といった硬い材料を加工することができます。物理スパッタに加え、照射によって起こる放射線分解反応を利用することによって、プラスチックの削り出し加工(ダイレクトエッチング)にも応用できることが分かっています。照射によって発生する熱で容易に変形してしまうような熱に弱い(柔らかい)プラスチックの精密加工はこれまで困難でしたが、今回、FIBの照射条件を調整することによって、熱に弱いプラスチックでも60 nm幅の溝などの超微細構造を±10 nmの精度で微細加工することが可能になりました。さらに、ダイヤモンド・ライク・カーボン(DLC)様の表面を加工と同時に形成することにより、局所的に高い細胞接着性を持たせることに成功しました。

本研究では、生体適合性と生分解性を併せ持つポリ乳酸6)を試料として選択しました。ポリ乳酸は、治癒後に体内で分解・吸収される縫合糸やインプラントなどに使われている代表的な医用プラスチックです。

ポリ乳酸フィルムに直径50 nm 以下に絞った加速電圧30 kVのガリウムFIBを照射し、照射条件が加工精度に及ぼす影響を調べました。その結果、照射線量や線量率の増加に伴い加工できる深さは増すものの、徐々に表面が荒れたりエッジが丸くなったりと、加工精度が劣化しました。ポリ乳酸はガラス転移7)温度(約60℃)以上で容易に熱変形を起こすため、より加熱される加工条件(高線量・高線量率・大面積照射)や熱が拡散しにくい試料条件(厚い試料)では精密な加工が困難であることが分かりました。

こうした加工条件の検討をもとに、線量率や試料の作製方法など最適化することによって熱の効果を抑制し、直径80 nmの穴(図1A)や幅60 nmの溝(図1B)を作ることに成功しました。この方法を使うと任意形状を精密に加工でき、図1Cのような突起構造を作ったり、図1Dのような文字列を書いたりすることもできます。

さらに、照射により掘削した溝の底面の化学結合変化を、X線光電子分光法(XPS)8)を用いて分析した結果、図2に示すように、照射によって炭素の二重結合(C=C)が増加したことが分かりました。このことは、物理スパッタと放射線分解反応による分解物の脱離によって酸素と水素が減少し、試料表面がDLC様の表面状態に変化したことを示しています。DLC様の表面はC=Cの割合によって細胞接着性の強弱が変わることが報告されており、FIBを用いた微細加工技術によって、局所的に高い細胞接着性を付与した生体に優しいプラスチックが開発できました。

今回、FIBを用いた高精度の微細加工と機能化によって、細胞接着性を局所的に制御した生体に優しいプラスチックの開発に成功しました。本成果は、量子ビームを用いた微細加工技術と材料改質技術の融合によって実現した新奇材料創製の一例であり、医療や医療応用に向けたバイオ研究における先端技術である医療マイクロマシンやlab-on-a-chip(ラボチップ)に用いる生体親和性材料の創製技術として今後の応用が期待されることから、引き続き、イオンビームや電子線、γ線といった様々な量子ビームを複合的に利用し、医療やバイオ研究に幅広く応用できる材料の開発を進めていきます。

なお、この研究の一部は、日本学術振興会特別研究員奨励費(24-9069)、文部科学省の物質・デバイス領域共同研究拠点共同研究(2012257)と ナノテクノロジープラットフォーム・大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点(F-12-OS-0026、F-13-OS-0023)の支援を受け実施しました。

図1.FIBを用いたポリ乳酸の微細加工例

図2.微細加工したポリ乳酸の掘削底面の化学結合変化

以上

参考部門・拠点:量子ビーム応用研究部門

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