【研究開発の背景】

蓄積リング型X線光源やX線自由電子レーザー(XFEL6))が、現在放射光源として広く利用されています。一方で、実験の精密化、迅速化や新たな利用分野の開拓を目的として、既存光源を超える輝度や強度を持つ次世代放射光源の研究開発も進められており、原子力機構(JAEA)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)を中心にした共同研究グループでは、エネルギー回収型リニアック(ERL)3)に注目し、これを用いた次世代放射光源の開発に取り組んでいます。ERLは、超伝導加速器においてエネルギー回収を行いながら、大電流かつ高品質の電子ビームを連続的に加速できる装置です。

超伝導加速器を用いた次世代放射光源としてERLだけでなく高繰り返しXFELも提案されています。これら次世代放射光源の実現には、高品質の電子ビームを連続的に大電流で供給できる理想的な電子銃の開発が課題です。電子ビームの品質を表す「エミッタンス」(ビームサイズと発散角の積)の空間電荷効果7)による劣化を抑制し、次世代光源の高輝度性能を満たすためには、電子銃の性能として、出口エネルギー500keV以上、平均電流1mA以上が必要です。

図1:500kV光陰極直流電子銃

【研究成果の内容】

共同研究グループは、高品質(低エミッタンス)電子ビームを大電流で発生するため、図1に示す半導体光陰極を備えた直流電子銃1)を開発しました。レーザーを半導体光陰極に照射して電子ビームを生成し、陰極と陽極間の電圧で電子ビームを加速します。この加速エネルギーを500keV以上にすることで電子銃出射後の空間電荷効果によるビーム品質(エミッタンス)劣化を抑制します。陰極‐陽極間隔を狭めて素早く加速することも、出射前の品質劣化抑制のために重要です。これら高品質ビーム生成条件を満たすには、図1に示すようにセラミック管の500kV端子に接続されたサポート電極が陰極を支える構造となります。この高品質ビーム生成に必要不可欠な構造こそが、電子銃の高加速電圧化を阻んできた大きな要因です。その理由は、加速電圧の上昇と共にサポート電極と陰極から電界放出電子8)が発生し、周囲の容器面との間で放電を引き起こすからです。従って、高品質ビーム生成に必要不可欠な基本構造は変えずに放電問題を解決することが課題となっていました。

最初の課題は、サポート電極からの電界放出電子問題の解決でした。従来型の単セラミック管では、サポート電極から発生した電界放出電子が直接セラミックに衝撃するため、チャージアップによる放電や、極端な場合にはセラミック管の破損に至ることがありました。共同研究グループは独自の多段セラミック管(図1)を提案し、各段の電極から延びる金属性ガードリングでセラミックを電界放出電子から防御しました。これにより2009年に世界で初めてサポート電極をつけた状態で500kVの安定な印加に成功しました。

次に、電子ビーム生成を目的として陰極をサポート電極と接続したところ、陰極からの電界放出電子に起因する新たな問題が発生しました。それは、電子銃容器面上の微細粉塵が放電により帯電し、陰極に固着して暗電流5)を発生する問題です。放射線発生を伴う有害な暗電流を除去するため、電子銃装置を1ヶ月程度かけてリセットしましたが、その後の電圧印加試験中にも再び暗電流が発生し、この問題の解決なくして500kV印加を達成できないことがわかりました。微細粉塵の完全除去による解決が理想的ですが、電子銃容器の体積が大きいことから断念せざるを得ませんでした。

図2:陰極からの電界放出電子の影響と対策

この先例のない暗電流問題を解決するには、微細粉塵の帯電メカニズムを理解する必要がありました。微細粉塵を直接帯電させるには電界放出電流だけでは小さすぎるので、共同研究グループは次のような仮説を立てました。図2左に示すように、陰極からの電界放出電子が電子銃容器に衝突するとガスを発生します。このガスが正イオン化して陰極に衝撃し、2次電子を発生させることにより放電の連鎖が起きます。この結果、小さな電界放出電流が微細粉塵を正に帯電させることのできる大きな放電に成長するという説です。この仮説に基づき、ガス発生の抑制とその正イオン化を防ぐ工夫を行いました。ガス発生の抑制のためには、図2右に示すように陰極と陽極の周囲を非蒸発型ゲッターポンプで覆う独自のポンプ配置を採用しました。ガスのイオン化は、電子銃容器表面でのマイクロプラズマの発生などによると考えられます。そこで容器表面の電界を半分に下げるため、陽極-陰極間距離を最適化しました(図2右)。陰極の曲率半径も最適化して光陰極表面の電界の減少を1割程度にとどめ、ビーム品質が悪化しないように注意しました。これらの独自工夫により、共同研究グループは暗電流問題を解決し、ビーム生成可能な条件下で安定な500kVの高電圧印加を達成することができました。

電子ビーム生成試験の結果を図3に示します。青線が電子銃加速電圧、赤線がビーム電流を表します。ビームエネルギーは加速電圧(kV)に素電荷(e)を掛けた単位(keV)で表され、レーザー照射により500keVビームが生成された時間を黒矢印で示します。光陰極電子銃ではビーム電流は入射レーザーパワーに比例するので、パワー減衰器の調整と共に階段状に電流が変化します。エネルギー500keVの電子ビームを最大2mAまで生成することに成功しました。電子銃高電圧電源の容量不足により、2mA以上のビーム生成には至りませんでしたが、エネルギー180keVでは10mAビームの生成に成功しています。今後、共同研究グループでは、電源改造後に500keV-10mAの同時達成に挑戦する予定です。

図3:光陰極直流電子銃から生成したビーム電流(赤)と電子銃の加速電圧(青)を時間の関数としてプロット

【成果の波及効果】

光陰極型の直流電子銃は米国ジェファーソン研究所において1992年に初めて提案され、以来20年以上世界で開発が進められています。しかし、高電圧の放電問題という大きな壁に阻まれ、エネルギーは350keV以下に留まっていました。共同研究グループは多段セラミック管技術を提案し、2009年に世界で初めて500kVの安定な電圧印加に成功しました。この技術成功の波及効果は大きく、今では全世界の光陰極直流電子銃で多段セラミック管が採用されるに至っています。今回、加速電極の設置に伴う暗電流の発生とその問題解決を通じて共同研究グループが新たに習得した技術と知見は、世界の光陰極直流電子銃開発において再び利用されて行くと考えられます。

今回の500keV以上のエネルギーを持つ高品質ビームを大電流で発生可能な光陰極直流電子銃の開発により、次世代放射光源の実現に一歩近づきました。将来的には、放射性廃棄物や使用済原子炉燃料に含まれる放射性核種の非破壊分析を目指して大強度γ線2)光源の研究開発や、次世代X線放射光源の実現により生体細胞の高分解能イメージング技術、光合成や触媒などに代表される不均一な非平衡解放系のダイナミックス9)という新しい研究分野の開拓などを通じて、持続可能な社会実現への貢献が期待されます。

共同研究グループでは、本電子銃を高エネルギー加速器研究機構で開発中の次世代放射光源試験加速器cERLに組み込み、超伝導加速器と接続しました(図4参照)。2013年4月からは総合運転による次世代放射光源の実証試験を行う予定です。

図4:高エネルギー加速器研究機構で建設中の次世代光源試験加速器cERL


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