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スピン起電力をリアルタイムで検出
−ナノスケールのスピン電池−

小野輝男教授、小林研介准教授(現大阪大学教授)、千葉大地助教(現准教授)、大学院生の田辺賢士さん(以上、京都大学化学研究所)、大江純一郎講師(東邦大学)、葛西伸哉主任研究員(物質・材料研究機構)、河野浩准教授(大阪大学)、S. E. Barnes教授(マイアミ大学)、前川禎通センター長(日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター)らの共同研究グループは、ミクロな強磁性円盤から発生するスピン起電力の実時間観測に成功しました。

古典的な電磁気学では、磁場の時間的な変化が回路に起電力をもたらします。これは1831年にファラデーが発見した電磁誘導の法則であり、現代エレクトロニクスの根幹をなす法則です。この起電力は磁場が電子の「電荷」に作用する古典的な力(ローレンツ力)を反映しています。一方、ミクロな世界を扱う量子力学を用いると、電子の磁気的な性質である「スピン」に作用する力の存在が示されます。この力はスピン起電力と呼ばれ、強磁性金属中のねじれた磁化構造が運動する時に発生することが知られています[1,2]。しかしスピン起電力は磁化の運動の付随する複雑な効果であるため、平均化したシグナルの検出報告しかありませんでした。我々の研究チームは磁気渦と呼ばれる特殊な磁化構造の運動を用いて、スピン起電力を局所的にかつリアルタイムで検出することに成功しました。

磁石の内部は通常、磁区と呼ばれる磁化の向きが互いに異なる領域に分割されています(図1)。磁区の内部では磁化の向きは同じですが、磁区と磁区の境界では磁化の向きが遷移して変化している領域があり、これは磁壁と呼ばれています。近年、このような磁化の向きがねじれた(同じ向きを向いていない)領域の研究に注目が集まっており、上述のスピン起電力もこのような領域で発生すると考えられています。しかしながら、スピン起電力が発生する領域は極めて小さく(数十ナノメートル)、複雑な磁化の運動に依存した方向に力が発生するため、空間・時間的に平均化したシグナルの検出報告しかありませんでした。我々の研究チームは、このスピン起電力を詳細に観測するため、数マイクロメートル程度の磁気円盤に生じる磁気渦構造の運動に着目しました。磁気渦の中心には、コアと呼ばれる磁化の向きが円盤に垂直方向に立ち上がる領域が存在します。コア近傍では磁化構造が大きくねじれているため、コアを運動させることによって大きなスピン起電力が発生すると期待されます。この磁気渦構造の研究は京都大学のグループが長年行ってきた研究の一つであり、コアの検出[3]や電流によるコアの回転運動の励起[4]、コアの向きの反転[5]など多くの研究を報告しています。我々はこの経験を生かし、磁気渦構造の運動を正確に制御することによって、スピン起電力のリアルタイム測定を目指しました。

磁気渦構造は、交流磁場によって共鳴的にコアを円運動させることができます(図2)。我々はこの磁気渦構造の共鳴運動によって生じるスピン起電力の実時間観測を行いました。図3(左)はコア近傍に現れる交流電圧を示しており、およそ1マイクロボルト程度の電圧が周期的に検出されていることが分かります。この周期はコアの円運動の周期と一致しており、これはコアの円運動に付随した起電力、すなわちスピン起電力であることを示しています。コンピュータシミュレーション[6]を用いた計算結果(図3(右))と比較しても、実験結果と計算結果はよく一致していることが分かります。このように、我々は磁気渦構造のコアの運動から発生するスピン起電力のリアルタイム測定に成功しました。

今回の結果は、磁気コア付近のナノスケールの領域にアップスピン電子とダウンスピン電子に逆向きに力を与える電界が磁気コア運動によって生み出されたと理解することができます。ナノスピン電池の実現です。ファラデーがコイルに磁石を通して豆電球を光らせて見せたとき、近くにいたご婦人は「でもそれが一体何になるのですか?」と尋ねたという。ファラデーの返答は「あなたは赤ん坊が何かできるとお思いですかな?」。スピン電池はどのように育つのであろうか?

本研究の一部は、科研費基盤研究(S)「新規スピンダイナミクスデバイスの研究」、特定領域研究「スピン流の創出と制御」によって支援されました。

この成果は、英国科学誌Nature Communications誌に2012年5月23日にオンライン公開されます。

図1:磁区と磁壁と磁気渦の概念図

図2:(左)磁化の面直成分、(中)磁化の面内成分、(右)コンピュータシミュレーションによって得られた、スピン起電力から発生する電圧の空間分布

図3:(左)実験的に検出されたスピン起電力シグナル(右)同一の条件でコンピュータシミュレーションにより得られたスピン起電力シグナル

[参考文献]

[1] S. E. Barnes, & S. Maekawa, Phys. Rev. Lett. 98, 246601 (2007).

[2] A. Stern, Phys. Rev. Lett. 68, 1022 (1992).

[3] T. Shinjo et al. Science 289, 930 (2000).

[4] S. Kasai et al. Phys. Rev. Lett. 97, 107204 (2006).

[5] K. Yamada et al, Nature Materials 6, 270 (2007).

[6] J. Ohe & S. Maekawa, J. Appl. Phys. 105, 07C706 (2009).

以上

参考部門・拠点:先端基礎研究センター

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