東京工業大学/独立行政法人日本原子力研究開発機構

平成24年4月11日

東京工業大学広報センター長
飯塚 久夫

日本原子力研究開発機構広報部長
佐久間 実

ウラン化合物で自発的に回転対称性を破った超伝導を検出
−四半世紀以上の謎であった超伝導発現機構解明に重要な手がかり−

【概要】

東京工業大学大学院理工学研究科の町田洋助教と井澤公一准教授らは、日本原子力研究開発機構の芳賀芳範主任研究員、東北大学の木村憲彰准教授、大阪大学の大貫惇睦教授、岡山大学の町田一成教授らと共同で、ウラン化合物「UPt3(ウラン白金3)」において、結晶構造から期待される対称性から自発的に回転対称性を破った超伝導(用語1)状態が実現していることを実験的に明らかにした。この結果はこれまで提唱されてきたいずれの理論の前提を覆すもので、四半世紀以上、この物質で未解決のままだったいくつかの謎を説明できることが明らかになった。これにより、この物質に見られる多重超伝導(用語2)だけでなく、従来のBCS理論(用語3)では説明困難な非従来型超伝導(用語4)の統一的な理解に大きく貢献すると期待される。

この成果は4月9日発行の米国学術誌「フィジカルレビューレターズ」(Physical Review Letters)電子版に掲載された。

●研究成果

井澤准教授らの研究グループは熱伝導率の磁場方向依存性の精密測定を行い、これまで実験的には明らかになっていなかった重い電子系(用語5)超伝導体UPt3における超伝導電子対の異方性の観測に成功した。これにより低温において結晶(図1)のab面に沿って等方的であった超伝導状態が、磁場を増加させると、突然、結晶の対称性よりも低い2回対称性へ自発的に対称性を破ることを初めて明らかにした(図2)。

この超伝導対称性は、最も有力視されていた対称性を含め、これまで提唱されてきたいずれの理論の前提を覆すだけでなく、 25年以上この物質において未解決であったいくつかの謎を説明できることが明らかになった。この結果は、発現機構を含めたこの物質の多重超伝導状態の理解はもとより、非従来型超伝導の統一的理解にも貢献できると期待される。

この成果は、同研究グループが開発した0.04 K(絶対温度、マイナス273.11℃)の極低温において1/500度の高分解能での磁場方向を制御しながら熱伝導率の精密測定が可能な世界最高水準のシステム(図3)と、日本原子力開発機構を中心としたグループにより育成された高純度単結晶試料、そして実験グループと理論グループの密接な協力により初めて実現した。

●研究の背景と経緯

超伝導は、 2つの電子間に引力がはたらき、クーパー対と呼ばれる電子対を作ることにより発現する現象で、その多くはBCS理論でほぼ理解されている。しかし近年、従来のBCS理論では説明困難な非従来型超伝導と呼ばれる超伝導が次々と発見され、その発現機構の理解は物性物理学の重要課題の一つとなっている。

超伝導発現機構の解明には電子間にはたらく引力の起源を知ることが必要不可欠だが、その鍵となるのが引力相互作用を直接反映する超伝導対称性、つまりクーパー対の「形」である。そのため、この超伝導対称性をめぐって、これまで多くの研究者が研究してきた。しかし実験が非常に難しいことから、実際に超伝導対称性が明らかになったのは銅酸化物高温超伝導体を含むごく限られた超伝導体だけだった。

非従来型超伝導の中でもUPt3は多重超伝導相をもつ極めて特異な超伝導体である。UPt3は、図2に示すように温度と磁場を変えることによりA相、B相、C相の少なくとも3種類の異なる超伝導が現れる。これは、他のほとんどの超伝導体で単一の超伝導しか現れないこととは対照的だ。

そのため、この多重超伝導状態を理解するため25年以上にわたり多くの研究者により精力的に研究され、これまで1000編以上におよぶ論文が出版されてきた。そして、この超伝導を説明するため多くの理論が提唱され、なかでも「E2uモデル」(用語6)と呼ばれる理論が長らく正しいと信じられてきた。

しかし、これまでその前提となる超伝導対称性を裏付ける直接的な証拠は実験で得られてはいなかった。実際、その理論でも説明困難な問題がいくつか存在し、超伝導状態に関する最終的な結論に達したと言える状況ではなかった。

●本成果の意義、今後の展開

今回の研究成果によりUPt3の超伝導状態およびその発現機構を考える上で前提となる引力相互作用についてかなり強力な制約を与えることができる。それにより、数少ない多重超伝導の理解が大きく進展するものと考えられる。さらに今後、同研究手法を他の非従来型超伝導に適用することで、高温超伝導を含む非従来型超伝導の発現機構を統一的に説明する理論の構築へとつながることが期待される。

そのような理論が構築されれば、応用面も含めた超伝導物質開発にも貢献ができると考えられる。また今回の研究で明らかとなった超伝導状態は最近注目の集まっているトポロジカル超伝導(用語7)の可能性が高く、そのような研究分野のフロンティアを拓く一翼を担うものとしても期待される。

本研究は、文部科学省新学術領域研究「重い電子系の形成と秩序化」、科学研究費特別推進研究「多元環境下の新しい量子物質相の研究」、科学研究費基盤研究B(代表:井澤公一)、科学研究費若手研究B(代表:町田洋)の助成を受けた。

【用語説明】

(1)自発的に回転対称性を破った超伝導:
結晶構造のもつ回転対称性よりも低い対称性をもつ超伝導。それに対し、従来の超伝導は結晶構造から期待される回転対称性をもつ。UPt3で見つかった2回対称性は、結晶のもつ6回対称性よりも明らかに低い対称性である。
(2)多重超伝導:
温度と磁場の平面において超伝導がいくつかの対称性の異なる相に分かれていること。こうした多重相図は超流動ヘリウム3でも知られていて対称性決定の鍵になることがある。
(3)BCS理論:
バーディン、クーパー、シュリーファーが提唱した超伝導現象を微視的に解明した理論。超伝導は、電子と電荷を帯びた結晶格子との相互作用により電子間に引力がはたらくことで形成されたクーパー対と呼ばれる電子対が凝縮した状態として説明されている。従来の金属や化合物にみられる超伝導は、このBCS理論でほとんど矛盾なく説明される。
(4)非従来型超伝導:
従来のBCS理論では説明困難な超伝導。電子と格子の相互作用ではなく、他の相互作用により電子間に引力がはたらくことで発現していると考えられている。その場合、超伝導が異方的になることが多い。銅酸化物高温超伝導体も非従来型超伝導の1つ。
(5)重い電子系:
電子同士の相互作用が非常に強いために、電子の有効質量が通常の金属の100〜1000倍にも増大している物質。強相関電子系とも呼ばれる。UPt3ではこのような重い電子がクーパー対を形成して超伝導になっている。
(6)E2uモデル:
UPt3の多重超伝導状態を説明するために提案されたモデル。多くの実験結果を説明できることからこれまで有力視されてきたが、その一方で、超伝導相図など、いくつか重要な実験結果を合理的に説明することができないという問題が残されていた。このモデルでは、C相(A相)で4回対称性をもつ超伝導状態が予想されるが、それを裏付ける直接的な実験的証拠はほとんどなかった。また、その対称性は今回確認された2回対称性とは整合しない。
(7)トポロジカル超伝導:
超伝導状態のもつトポロジカルな性質により試料表面にマヨラナ粒子とよばれる粒子が現れる超伝導。同様の状態が超流動ヘリウム3においても活発に議論されている。

【図】

図1 重い電子系UPt3の結晶構造

図2 UPt3の超伝導相図および本研究で明らかとなった超伝導対称性

図3 本研究で開発した極低温で磁場方向を制御しながら熱伝導率を精密測定するためのシステム

【発表論文】

“Twofold spontaneous symmetry breaking in the heavy-fermion superconductor UPt3

Y. Machida, A. Itoh, Y. So, K. Izawa, Y. Haga, E. Yamamoto, N. Kimura, Y. Onuki, Y. Tsutsumi, and K. Machida, Physical Review Letters 108, 157002 (2012).

以上

参考部門・拠点:先端基礎研究センター

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