【背景と経緯】

環境負荷が小さく高効率なエネルギー利用が求められている現代社会においては、電子デバイスの更なる省エネルギー化や新しいエネルギー生成原理の開発が不可欠です。このような省エネ、創エネ技術に対する取り組みが活性化する中で、電子が持つ電荷の自由度に加えてスピン(磁気)の自由度も積極的に利用する新しい電子技術「スピントロニクス」が注目を集めています。スピントロニクス機能の多くは、電流のスピン版である「スピン流」 によって駆動されます。スピン流を用いれば、超低損失な不揮発性磁気メモリーや量子情報伝送が実現可能になると期待されており、スピン流生成技術の開発が急務となっています。

これまで、スピン流の生成方法としては、電磁波や熱・光を利用したものが提案されていましたが、本研究では素子に音波を注入するだけでスピン流を生成できる新しい手法を実験・理論の両面から実証しました(図1)。今回明らかになった手法は金属・絶縁体、磁性体・非磁性体を問わずあらゆる物質に適用可能であり、スピン流生成法の選択肢が広がったことで、スピントロニクスデバイス・次世代省エネルギーデバイス設計の自由度が飛躍的に向上しました。

【研究の内容】

今回の研究では、図2に示した実験により、音波によるスピン流生成効果を実証しました。

図2(a)に示した実験系では、絶縁体である磁性ガーネット (Y3Fe5O12: YIG)単結晶注2)の表面に白金(Pt)電極薄膜を成膜した素子を音波発生器である圧電素子注3)上に取り付け、絶縁体層に音波を直接注入しながら白金電極に発生する電気信号の精密測定を行いました。そして、検出された電圧信号が磁性ガーネットから生成されたスピン流に由来することを明らかにしました(図3)。

一方、図2(b), (c)に示した実験では、単結晶サファイア基板上に成膜した磁性金属(Ni81Fe19)/白金二層ワイヤーに発生した電気信号を測定することで、温度勾配に伴う音響振動(フォノン注4))を介したスピン流生成を実証することに成功しました。ここで重要なことは、このセットアップにおいてフォノンの流れは非磁性の絶縁体であるサファイア基板の中にしか存在していないということです。この実験結果は、電気的にも磁気的にも不活性である材料からも、音波やフォノンを介することでエネルギーを取り出し、これを磁性体に与えることでスピン流や電圧を生成できるということを示しています。

【原理の説明】

本実験で用いたような磁性体(YIG, Ni81Fe19等)/金属(Pt等)界面において、何らかの外部入力によって磁性体中のスピンと金属中の電子の間に状態の差が生じると、スピンの集団運動(スピン波)を介して界面付近にスピン流が生じます(関連論文1を参照)。白金に注入されたスピン流は、「逆スピンホール効果注5)」と呼ばれる固体中の電子相対論効果によっては起電力に変換されます。今回の実験ではこの逆スピンホール効果によって生成された起電力を測定することで、スピン流の検出を行いました(図2、3)。これまでの手法では、電磁波や熱を用いてこのスピン-電子間の状態の差を誘起していましたが、今回の実験結果によって、音波によっても磁性体中のスピンの状態を変化させ、スピン流を生成できることが明らかになりました。

【今後の展開】

環境負荷の小さなエネルギー技術や新しい電子情報デバイスの駆動源の開発は、現在のエレクトロニクスの最重要課題のひとつです。音波を用いた新しいスピン流生成法の発見は、スピントロニクスデバイスの設計自由度や材料選択の幅を大きく拡張するものです。

また、本研究で明らかになった物理原理は、スピン流物理における1つの大きな未解決問題に対する答えを与えます。今回発見された現象の起源であるスピンと音波の相互作用は、スピンゼーベック効果注6)と呼ばれるスピントロニクス分野で最近発見された現象の発現機構においても本質的な役割を担っていることが明らかになりました。本研究成果によって解明された物理原理を用いて超低電力電子技術を発展させることにより、次世代エネルギー循環型社会の実現に大きく貢献することが期待されます。

本研究の一部は、JSTの戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製」研究領域(研究総括:曽根純一 物質・材料研究機構 理事)の研究課題「スピン流による熱・電気・動力ナノインテグレーションの創出」(研究代表者:齊藤英治)の一環として実施されました。

【参考図】

図1 スピン流・電流の生成方法

図2 (a) 音波の直接注入によるスピン流生成実験に用いた試料の模式図.(b) 温度勾配に伴うフォノンの流れを介したスピン流生成実験に用いた試料の模式図

図3 音波の直接注入実験(図2(a))における起電力測定結果


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