【研究開発の背景と目的】

背景: 核医学診断用99Moの世界的不足と代替え生成法への期待

99Moの娘核種99mTcを含む医薬品は、核医学診断用RIとして最も多用され、世界中で年間3000万件、我が国でも年間90万件の診断が、海外から輸入した99Moを用いて行われている。そして、この99Moの利用は、世界的に見れば今後も数%の割合で増加すると予想されている。

現在、世界が必要とする半減期66時間の99Moの95%以上は、世界の5基の高経年化した研究炉で、高濃縮235Uによる核分裂反応により製造されている。しかし、高経年化のため事故が頻発、原子炉が長期に休止して、99Moの供給ができない状況が続き、医療現場に多大の混乱を与えた。更に、アイスランドの火山灰による欧州の空港閉鎖(2010年4月)のためRI輸入が停止したことは、短半減期RI輸送のリスクを露呈した。

以上の経緯を踏まえ、我が国独自の方法で、99Moの国内製造に向けた開発研究の重要さが、我が国の核医学関係者を含め多くの利用者から強く指摘され、早期製造体制の構築が要望されている。

目的:

99Moの国内供給安定化に資するとともに、原子炉を有しない海外への本方式の展開を図る。

【研究の手法】

99Mo生成:

加速器からの重陽子ビームを炭素等の中性子生成用標的に照射して高速中性子を生成する。この中性子を三酸化モリブデン100 (100MoO3)に照射して、2個の中性子を取出す原子核反応、100Mo + n −> 99Mo + 2nで99Moを生成する{以後、(n,2n)と略記}で99Moを生成する(図1参照)。

図1  100MoO3に加速器からの中性子を照射して、2個の中性子を放出して99Moを生成

加速器中性子を、100Moに照射した時に生成される色々な生成物に対する反応断面積を図2に示す。この図から、次の重要な事実がわかる。

i) 99Moを生成する(n,2n)反応断面積は、中性子のエネルギーが10MeVから18MeVの領域で、全ての反応の中で一番大きい。
ii) 14MeVにおいては、(n,2n)に加えて、(n,3n)、(n,p)、(n,4He)といった反応も起きるが、(n,3n)、(n,p)、(n,4He)の反応断面積は、(n,2n)の1/500以下であるため、99Mo以外の不必要な放射性物質の生成量は極めて少ない(図2中の上下の矢印部)。そのため、不必要な放射性物質に煩わされることなく、99Moから99mTcを分離抽出することが可能である。これは、99Moをウランの核分裂反応で生成する際には、多量の放射性物質が作られ、化学操作やそれら物質の保管に煩わされ、かつ、大きな施設を必要とするのに対して大きな利点である。

図2 100Moに中性子を照射した際に起こる全ての原子核反応の断面積

99Moから高純度の99mTcを分離して抽出する方法:

99Moから99mTcの分離は、固体の酸化MoO3と酸化テクネチウム(Tc2O7)が気体になる時の昇華温度が、310度と795度と大きく異なること(図3)を利用して行う。加速器で照射した99Moを含む酸化MoO3を電気炉(図4)に封入して、温度を上げて99mTcを分離抽出する。

図3 酸化MoO3と酸化Tc2O7の蒸気圧の温度変化 / 図4 電気炉

【得られた成果】

1)99Moとともに生成される不必要なRIが極めて少ない

原子力機構の加速器からの中性子を、酸化モリブデン100MoO3試料に照射して99Moを生成した。この照射で、99Moを含めどの様な放射性物質が生成されたかを見極めるため、ゲルマニウム半導体測定器でガンマ線スペクトルを測定した。その結果を、図5aに示す。99Mo及びその崩壊に伴う99mTcが主生成物で、わずかに半減期17時間の97Zrとその崩壊による半減期1.2時間の97Nbが生成されるだけであることが判明した(99Moの0.2%)。これは、ウランの核分裂で生成される99Moは、多くの不必要な不要放射性物質と同時生成されるのと比べ大きな違いであり、99Moと99mTcの分離作業が、放射能の扱いが簡単で、小型の施設で行えることを意味する。

2)99mTcの高純度分離抽出に成功

次に、昇華法で99Moから99mTcを分離抽出した後の99mTc溶液中の放射能を知るために、ゲルマニウム検出器でガンマ線を測定した。その結果を図5bに示す。99mTc分離前に図5aで観測されていた99Mo、97Zrそして97Nbはピークとしては全く観測されていない。即ち、それら不純物の強度を、99mTcの0.01%以下にする分離抽出に成功した。これは、放射医薬品に関して核純度の規制値を満たしている。

図5a(上) 昇華法による分離直前の99Moを含む放射能についてのガンマ線測定結果 / 図5b(下) 昇華法で分離抽出された後の99mTc溶液中の放射能についてのガンマ線測定結果

3)加速器中性子で生成した99Moから精製した99mTcの医薬品への標識化に成功

がんの骨転移等を調べる診断に利用される医薬品に、上記昇華法で抽出した99mTcを99%以上の高い標識率で標識化に成功した。これは、加速器中性子で生成した99Moを、放射性医薬品として利用していく計画を後押しする大きな成果である。

99mTc医薬品の標識化

【今後の予定】

1) 加速器中性子による99Mo生成と高品質99mTcの高効率分離精製法の確立を目指して、99mTcを99Moから分離抽出する際の効率を80%以上に高めることとその安定化を図るとともに、様々な医薬品について99mTcの標識実験を行う。
2) 得られた99mTcを用い医薬品に標識して動物実験を行い、診断画像を撮影する。その結果を、市販のウランの核分裂で生成される99mTcを動物に注射して得られる画像と比較して、加速器中性子により生成される99mTcが、既存の99mTcと同品質であることを明らかにする。
3) 多量の99Moを加速器中性子で生成できる様に、中性子生成用炭素標的の熱特性等についての実証試験を行う。
4) 加速器中性子によるRI生成法は、99Moに限らず医学治療に重要なイットリウム90等のRIを生成できることが示されている。今後は、この様な多様なRI生成の研究開発も、上記99Mo・99mTcと併せ進める。

戻る