研究の背景と経緯

物質の状態は、固体、液体、気体などの古典的な分類以外にも、プラズマや液晶など様々なものが知られており、さらには例えば液晶の中でもネマティック液晶やスメクティック液晶などの分類が可能です。このような異なる状態は、「相転移」とよばれる状態間の変化で定義することが可能で、相転移において秩序のしかたが変化し、対称性が変化することが知られています。例えば「固体」ではある周期で原子が並ぶ状態となりますが、これは液体状態では保たれていた「並進対称性」が破れた状態となっています。

固体中に多数存在する電子も様々な状態を示します。ウラン化合物URu2Si2では、1985年にオランダ、ドイツ、アメリカの3つの研究グループによりほぼ独立に、17.5K(約マイナス256℃)という低温において電子系の新しい相転移が発見されました。当初は、類似の化合物でよく見られる反強磁性転移ではないかと思われましたが、その後の研究により反強磁性ではないことがわかりました。それ以降、25年以上にも亘る精力的な研究にもかかわらず、この相転移の本質である、何の対称性が変化したかということが未知の状態が続いており、「隠れた秩序」の謎として物質物理学の重要課題になっています。

研究成果の内容と意義

今回、京都大学の研究グループは微小カンチレバーによる磁気トルク測定という、従来の磁化測定に比べて数千倍高い感度を持つ方法を用いて、磁気的な異方性の精密測定を行いました(図1参照)。具体的には、原子力機構のグループにより育成された高純度単結晶のab軸を含む面内(図2参照)で磁場を回転させ、磁気トルクの角度依存性を測定したところ、17.5Kの相転移温度以下において、結晶構造に保たれている4回対称性を破る2回対称性成分が出現することを明らかにしました。この結果は、「隠れた秩序」状態が、今まで期待されていなかった「回転対称性」を破っていることを直接的に示すものです。

ウラン化合物は、電子同士の相互作用が非常に強く、強相関電子系として知られて注目されています。現在までに、この「隠れた秩序」の謎に対して、20以上もの様々な理論が提唱されてきましたが、今回明らかになった「回転対称性」の破れはその前提を覆すものです。このような回転対称性の破れた電子の状態は、液晶で知られているネマティック相との類似性からネマティック電子状態とも呼べる状態で(図3参照)、強相関電子系に現れる新しい状態の理解へつながると期待されます。また、URu2Si2では、さらに低温(1.5K)において超伝導が現れることが知られており、ネマティック状態からの新しい超伝導発現機構の解明に役立つと考えられます。

図1.微小カンチレバーを用いたトルク測定の概念図
図1.微小カンチレバーを用いたトルク測定の概念図。磁場Hをab面内で回転させ、発生したトルクτにより磁化Mの異方性をa軸からの角度φに対して測定することができる。(Science論文Fig.1から抜粋)

図2.URu2Si2の結晶構造の模式図
図2.URu2Si2の結晶構造の模式図。a軸とb軸の長さが等しく、正方晶に属し、4回対称性を持っている。(Science論文Fig.1から抜粋)

図3.URu2Si2の電子状態の概念図
図3.URu2Si2の電子状態の概念図。白丸がそれぞれウラン原子を示している。相転移温度より高温(左図)では4回対称性が保たれているが、低温(右図)の「隠れた秩序」相では右斜め[110]方向と左斜め[-110]方向で異なった状態となっており、4回の回転対称性が破れている。(岡崎竜二氏作成)


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