補足説明

【ジャイロトロンについて】

ジャイロトロンは、電子ビームのエネルギーを100ギガヘルツ(毎秒1000億回振動)帯のマイクロ波に変換し、1000キロワットクラスのパワーで出力できる大型真空管です。ジャイロトロンでは、直径数センチメートルの金属製円筒(空胴共振器)に対して、外部から数万ガウスの磁場を与え、加速した電子ビームをその円筒中に打ち込みます。電子ビームは磁力線に巻き付き、らせん運動をして円筒内を通過しますが、その際に電子の旋回運動エネルギーがマイクロ波に変換される現象(サイクロトロン共鳴メーザー作用)を応用しています。電子ビームのエネルギーや電子のらせん運動の角度(軌道)、磁場の強さなど、種々の条件によって決まる特定の周波数のマイクロ波だけに、電子ビームのエネルギーが変換され、出力パワーも条件により変化します。

大電力のマイクロ波は、核融合炉内の燃料(水素プラズマ)へ入射することにより、核融合反応が効率よく起こる温度に加熱したり、プラズマ中で発生した乱れを抑制5),6)したりするために用いられます。

* ジャイロトロンの名は、磁場中のらせん運動(ジャイロ運動)に由来します。

【高出力化の技術的課題】

電子ビームのエネルギーを大きくすることで大きなマイクロ波出力は得られますが、マイクロ波に変換されず無駄になるエネルギーも同様に大きくなります。無駄になる電子ビームのエネルギーはコレクターに熱として吸収され、コレクターの温度が上昇します。ジャイロトロンの健全性を維持するためには、過剰なコレクターの温度上昇による破損を避けなければなりません。そのためには、同じ電子ビームのエネルギーでも大きなマイクロ波出力が得られ、無駄になるエネルギーを減らしてコレクターの熱負荷を低減できる「高効率動作」が必要です。

変換効率は磁場の強さに大きな影響を受けますが、初めから高効率の得られる磁場の強さにしようとすると、電子ビームのエネルギーをマイクロ波に変換する条件が満たせず、出力開始できません。しかし、一度マイクロ波を出力し始めたジャイロトロンに対し、磁場の強さを次第に弱くすることで、徐々に高効率な動作状態に移行できることが過去の原子力機構の開発成果で明らかになっています(平成19年4月27日プレス発表)。

磁場は超伝導磁石によって作ります。超伝導磁石は数万ガウスという強い磁場を作ることができるのが特徴ですが、その強さを十分に変えるには数十秒の時間が必要で、素早い変化はできません。そのため、十分に磁場の強さが変化する前のコレクターの発熱が、更なる高出力化を妨げていました。そこで、「高効率動作」への移行に要する時間を短縮する技術開発が最重要課題となっていました。

【今回の開発のポイント】

原子力機構は、磁場強度と同様に電子ビームの軌道に作用し、かつ高速に制御可能な電場強度に着目して開発を進めました。

原子力機構の臨界プラズマ試験装置JT-60用のジャイロトロンでは、電子ビームのエネルギーを決める「陰極」、「陽極」の他に「引き出し電極」を持つ「3極型電子銃」を採用しています。3極型電子銃では3つの電極間の電圧の比率を自在に変化させることで、旋回運動の速度と磁力線方向の速度の比率を制御し、らせん運動の角度を変えられます。EU、ロシア、米国など、ジャイロトロンを開発している他国が主に採用する電子銃は、陽極が引き出し電極を兼ねる「2極型電子銃」です。3極型電子銃は2極型電子銃と比較して、マイクロ波の出力に影響する条件をきめ細かく変えられることが特徴です。また、電極に与える電圧は0.1秒以下の短時間で変化させることが可能で、出力中でも条件を瞬時に変えられます。

今回、3つの電極の電圧比率を変化させることで、電子のらせん運動の角度を出力開始時とその直後で変化させ、これにより初めから「高効率動作」が可能な運転方式を新たに開発しました。らせん運動の角度を大きくした状態は機器に負荷をかけるため、0.1秒以下という十分短い時間に制限していますが、高効率動作はその後も持続します。

この運転方式は、原子力機構が推進する、上記の3極型電子銃の特性を活かすことで実現したものです。

【成果の意義】

プラズマ加熱の観点から実用的な出力維持時間(1秒以上)において、マイクロ波出力の従来の世界最高記録1000キロワットを1500キロワットに更新しました。今回の技術開発は、現在建設中の国際熱核融合実験炉(ITER)やJT-60SA(日欧共同で建設するJT-60の後継装置)の加熱装置の高性能化に大きく貢献するものです。

この技術開発により、「核融合炉用加熱装置の高出力化」が実現します。また、「マイクロ波推進式ロケット」のビーム発射設備の高出力化/小型化など、様々な産業分野への波及効果が期待できます。

<参考>

原子力機構が以前に開発したジャイロトロンの「国立科学博物館重要科学技術史資料」への登録について

今般、原子力機構が1994年に開発したジャイロトロンが、我が国の科学技術の発展を示す上で貴重な資料となる、「国立科学博物館重要科学技術資料」に登録されました。

このジャイロトロンは、当時の世界最高記録となる出力600キロワット、投入した直流電力からマイクロ波への変換効率50パーセントというデータを世界に示した記念すべきものであり、この開発成功を契機に、ジャイロトロンの高出力化が急速に進みました。

詳細は、 http://www.naka.jaea.go.jp/etc/news/H21/091007/index.html をご覧下さい。


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