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平成21年7月28日
国立大学法人 東北大学金属材料研究所
国立大学法人 東京大学物性研究所
独立行政法人 日本原子力研究開発機構
財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 九州大学大学院理学研究院

超強磁場X線分光実験の世界記録を抜本的に更新

<概要>

東北大学金属材料研究所の野尻浩之教授、東京大学物性研究所の松田康弘准教授、日本原子力研究開発機構の稲見俊哉博士、高輝度光科学研究センターの鈴木基寛博士、九州大学大学院理学研究院の光田暁弘准教授らの共同研究グループは、元素ごとの磁性を調べるX線磁気円二色性(XMCD)分光法(*1)と呼ばれる手法において、これまでの世界記録(*2)を抜本的に塗り替え、地磁気(*3)の約100万倍の40テスラという超強磁場下での実験を実現しました。この成果は、大型放射光施設SPring-8(*4)の高輝度X線と独自に開発した超小型パルス強磁場(図1,図2参考)を組み合わせることにより初めて実現しました。超小型パルス強磁場は、通常用いられる大型パルス磁場発生装置と比べ、既存の装置の改造や新たなインフラを必要とせず、場所を選ばず迅速に実験が出来ることから、国外でも東北大方式が導入されています。この装置の実現により、これまで強磁性を示す一部の物質のみに限定されていたXMCD手法の応用が、一挙に一般の幅広い磁性物質の研究にも広がります。従来の磁気メモリ等の磁性材料研究においては、強い磁性を示さない限り、元素毎の磁性を測定するXMCD法は行えず、偶然に頼る側面が多かったのに対して、これからは、どのような磁性の材料でもXMCDにより元素毎の磁性が評価出来ることとなり、様々な組成のなかから最適なものを迅速に選択することが出来るようになります。また、XMCDで得られたミクロな情報と電子状態計算を組み合わせることで、効果的な物質設計が可能になると期待されています。

今回は、希土類元素の1つであるユーロピウムを含む磁性体にこの技術を応用しました。ユーロピウムは、電子の価数(*5)が異なる2つの電子状態が量子力学的(*6)に混じり合うことで、強い磁気を示したり、磁気が消えた状態になったりする奇妙な性質を示します(図3)。この2つのミクロ状態を選別して磁気観測することはこれまで困難でしたが、今回の装置により、初めて2つの状態の磁場応答が強磁場下において全く異なることを発見しました。このことは、開発した強磁場XMCD分光法が様々な物質の特異な磁気特性の解明に強力な手法であることを物語っており、著名な学術誌であるPhysical Review Lettersに掲載される予定です。今後この手法は、新型磁気メモリや磁気センサのための新しい磁気材料の設計・開発にも大きく貢献すると期待されています。


今回の研究成果は、米国物理学会発行の英文学術雑誌「Physical Review Letters」のオンライン版で7月28日に公開されます。

*1   磁化した物質に円偏光したX線を照射したとき、円偏光の回転方向によってX線の吸収強度に差が見られる現象を、X線磁気円二色性 (X-ray Magnetic Circular Dichroism = XMCD) と呼ぶ。XMCD信号の大きさは磁化に比例するため、この現象を利用した分光法が磁性体の研究に用いられる。物質に含まれるすべての元素は特定のエネルギーのX線を強く吸収し、そのエネルギー (吸収端) は元素の種類によってそれぞれ異なる。このことを利用し、X線のエネルギーを観測したい元素の吸収端エネルギーに同調させてXMCD測定を行うことで、特定の元素の磁性についての情報、とりわけ磁性の起源となる電子の状態を詳細に調べることができる。
*2   これまでの磁場の強さは10テスラが最高
*3   地球上に生じる磁場の総称。東京付近では約45,000ナノテスラといわれている。
1ナノテスラは10億分の1テスラ
*4   兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*5   原子がもつ電子のうち、化学結合に関与する電子の数。通常は定まった数をもつが、ごくまれに複数の状態をとる物質があり研究の対象となってきた
*6   ニュートン力学では説明できない原子や分子などナノスケールの物質の振る舞い

《掲載論文》

題名:
X-ray Magnetic Circular Dichroism of Valence Fluctuating State in Eu at High Magnetic Fields
(強磁場におけるユーロピウム価数揺動状態のX線磁気円二色性)
著者:
Y. H. Matsuda, Z. W. Ouyang, H. Nojiri, T. Inami, K. Ohwada, M. Suzuki, N. Kawamura, A. Mitsuda, and H. Wada
ジャーナル名:
Physical Review Letters (米国物理学会発行学術雑誌)、Vol.103
発行日:
7月31日

《研究背景》

物質の性質の多くは電子により引き起こされています。電子はスピンと呼ばれる小さな磁石を持っており、磁場を用いればスピンを介して物質の性質を精密にコントロールすることが可能です。磁場中の電子状態を理解することは基礎・応用の両面において大変重要ですが、強い磁場中ではこれまで電子状態をみる良い手法はあまりありませんでした。X線磁気円二色性(XMCD)分光は、スピンに依存した電子状態変化をみる分光法で、磁気特性を電子状態から調べることが可能です。しかし、従来は磁場の上限値が低く、XMCDは主に強磁性体の研究に限られてきました。XMCD分光は強磁場中の電子状態を解明する新しい手法として期待されていましたが、超伝導マグネットによる磁場の上限値(約10テスラ)を超える実験はほとんど行われてきませんでした。

《研究内容と成果》

今回、大型放射光施設SPring-8の高輝度X線と超小型のパルスマグネットを組み合わせ、地磁気の約100万倍の40テスラという強磁場下においてXMCD測定に成功しました。この値はXMCD分光の世界最高磁場記録です。この新しい技術により、弱い磁場では磁気応答がほとんど無いような物質に対しても研究が可能になります。今回、その1つの例として、ユーロピウム磁性体について実験を行いました。ユーロピウム(Eu)は希土類元素の1つで強い磁石にもなり得る物質ですが、今回測定したEuNi2(Si0.82Ge0.18)2という物質では、低温でほとんど磁気的な応答がありません。これは、Euの4f殻の電子数の異なる2つの状態、Eu2+(f7)とEu3+(f6)が量子力学的に混じり合う(混成する)ためであることが分かっています。今回の実験の画期的な点は、通常の手法では分けることの出来ないこの2つのミクロ状態を分離して観測し(図4)、それぞれが、強磁場領域で全く異なる磁場応答を示すことを発見したことです。このような電子状態を選別したミクロな磁気測定は世界的にも初めてのことです。このことは、開発した強磁場XMCD分光法が、現在未解明の磁気現象の解明に非常に強力な手法であることを示しています。

《今後の展開》

今回の新手法により、強磁性体以外の反強磁性体や常磁性体など、非常に広範囲の磁性体において磁場中のミクロ磁気状態が明らかになると期待されます。これは、新型磁気メモリや磁気センサをはじめとして、様々な新しい磁気デバイス材料の機能解明に大きな威力を発揮すると考えられます。


《参考資料》

図1:冷却装置の先端に取り付けた超小型パルスマグネットの写真

図1:冷却装置の先端に取り付けた超小型パルスマグネットの写真。内径は3mmと非常に小さい。

図2:取り外した超小型マグネット

図2:取り外した超小型マグネット。手のひらにのるほどコンパクトながら、地磁気の約100万倍の40テスラの強磁場を発生できる。

図3:ユーロピウム元素(Eu)のX線磁気円二色性(XMCD)スペクトル:[上]とX線吸収スペクトル:[下]の磁場依存性

図3:ユーロピウム元素(Eu)のX線磁気円二色性(XMCD)スペクトル:[上]とX線吸収スペクトル:[下]の磁場依存性。2つの異なる電子状態Eu2+とEu3+が分離して観測されている。

図4:ユーロピウム元素(Eu)の異なる電子価数状態(Eu2+、Eu3+)における磁気応答(磁気偏極度)の磁場依存性

図4:ユーロピウム元素(Eu)の異なる電子価数状態(Eu2+、Eu3+)における磁気応答(磁気偏極度)の磁場依存性。2つの電子状態における磁気応答が全く異なる。これまではこの2つを区別することは不可能であったが今回の手法で可能になった。

以上


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