補足説明

背景

医療のためのレントゲン撮影や、空港での荷物検査など、X線を使って物体内部を透視する技術は広く用いられている。このようなX線透視は物体内部の密度の違いから、その形状と材質(金属とプラスチックの区別など)を測定するが、数cmの厚さの鉄などで遮へいされた場合には、内部を透過して見ることはできない。また、このようなX線透視装置では物体を構成する元素の同位体を識別することはできない。例えばセシウム元素には、同位体Cs-133(非放射性)とCs-134、Cs-135、Cs-137(放射性)が存在するが、この4種類の同位体はほぼ同じ密度をもち、X線に対する振る舞い(透過率と吸収率)も同じであるため、X線透視では区別できない。原子力発電に伴い発生する廃棄物中には、このようなセシウムをはじめさまざまな同位体が含まれているが、同位体を識別した上で物体内部を透視する技術は実用化されていなかった。

本研究グループは、同位体を識別した透視が可能であるガンマ線を使った原子核共鳴蛍光散乱(Nuclear Resonance Fluorescence、以下NRFという。)を用いた。同位体の原子核は、その構成要素である陽子と中性子の数により、固有の振動数(励起準位)をもつ。この振動数に一致したエネルギーをもつガンマ線を入射した時に現れる蛍光を観測することで、同位体の存在を知ることができる。また、NRFで用いるガンマ線のエネルギーは数MeVであり、数cmの鉄板を通り抜けることができるので、厚い遮へいを通した内部の透視が可能である。

NRFで用いるガンマ線は、同位体原子核の固有振動に同調した狭いエネルギースペクトルをもっていることが望ましい。われわれは、このようにエネルギーのそろった(単色の)ガンマ線発生のために、レーザーと電子の衝突散乱である「レーザー・コンプトン散乱」を用いた。

原理

図1に本研究の測定原理を示す。それぞれの同位体には固有の励起状態があり、測定したい目的の同位体の励起エネルギーに合わせたガンマ線を照射する。対象物質中の目的としない同位体とはガンマ線は基本的には相互作用しない。そのため、ほとんどのガンマ線は透過するか、原子により散乱する。もし、目的とする同位体が存在した場合には、原子核の励起・脱励起の反応(ガンマ線の吸収・放出)が発生する。この過程が原子核蛍光共鳴散乱である。原子核蛍光共鳴散乱によって、目的とする同位体に固有の励起エネルギーと等しいエネルギーのガンマ線が放出される。このガンマ線のエネルギーは数MeVあり、数cmの鉄などの遮へいを透過するのに十分なエネルギーを有している。

図1:本提案の測定手法の原理。

実験

実験は、独立行政法人 産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の放射光施設TERASに設置されたレーザー・コンプトン散乱ガンマ線装置を用いて行った。TERASは放射光発生のための電子蓄積リングであり、電子が周回している。電子エネルギーは570MeVに調整し、1064nmの波長のレーザーと衝突させた。この衝突によって、最大エネルギーが5.7MeVのレーザー・コンプトン散乱ガンマ線が発生した。このガンマ線を対象試料に照射した。

対象試料は、5cm×5cm×5cmの大きさの鉄ブロックである。内部に2cm×2cm×5cmの鉛ブロックを隠ぺいした。ガンマ線の照射面からは、鉄しか見えず、どの位置に鉛ブロックが位置しているかは分からない。

図2:産業技術総合研究所の放射光施設(TERAS)における実験装置の配置図

図3:実験で用いた試料と測定体系。

図4:加速器室内の写真。

試料から散乱されたガンマ線は、ガンマ線の照射軸に対して90度の角度に配置した大容量のGe(ゲルマニウム)半導体検出器6)で測定した。Ge半導体検出器はガンマ線のエネルギーを高分解能(dE/E〜0.2%)で計測可能である。したがって、鉛の原子核共鳴蛍光散乱ガンマ線が発生した場合には、Ge半導体検出器で計測できる。

測定中、鉄ブロック中に隠された鉛ブロックの位置を探るために、ガンマ線を照射する位置を4mm間隔(一部2mm)で移動させ測定した。鉛が存在する位置では、鉛に含まれる鉛208の原子核共鳴蛍光散乱によって、5512keVのガンマ線が吸収された後に、放出される。90度に配置したGe半導体検出器で、この5512keVのガンマ線が測定できる。鉛が存在しない場合には、このような特定の共鳴によるガンマ線は放出されない。

位置を変えて5512keVのガンマ線の強度を計測することで、鉄ブロック中に隠ぺいされた鉛の位置と形状を知ることができた。

図5:Ge半導体検出器で計測したエネルギースペクトルの一部。

図6:取得された鉛ブロックの位置と形状。

意義・展望

本実験により、われわれが提案したレーザー・コンプトン散乱ガンマ線を用いることで、従来は測定できなかった数cmの厚さの鉄等を透過して内部にある任意の元素(その同位体)を測定する技術が実現可能であることを実証した。

現在、原子力機構では既存のレーザー・コンプトン散乱ガンマ線より、107倍輝度が高い装置の開発研究をすすめている。このような技術が実現すれば、放射性廃棄物中に含まれる放射性同位体の非破壊検出といった原子力利用のみならず、港湾、空港等におけるさまざまな透過型・非破壊検査が可能になる。


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