補足説明資料

【研究の背景】

現在、地球全体で約1500 Pg(1 Pg=10億トン)の炭素が有機物として土壌中に蓄積されています。これは、大気中にCO2として存在する炭素量の約2倍、陸域の植物が保持する炭素量の約3倍に相当します。植物は植物自体の呼吸で放出する分を除いて年間約60 Pgの大気中CO2を吸収しています。一方で、土壌では微生物が土壌有機物を分解して年間約55 PgのCO2を大気中へ放出していると推定され、この放出量は化石燃料の消費等、人間が大気中へ放出するCO2量の約10倍に相当します。

地球温暖化に伴う温度上昇は、微生物による土壌有機物分解を促進し、土壌からのCO2放出量の増大によって、さらに温暖化を加速させる可能性が危惧されており、土壌に蓄積される炭素の環境変化に対する挙動には大きな関心が寄せられています。しかし、土壌がもつ微生物分解特性の多様性6)が、この応答の定量的な予測を大変困難なものにしています。

【研究の内容】

土壌有機物の中には、宇宙線を起源とする放射性炭素3)と、近年の核実験を起源とする放射性炭素4)が存在します。土壌中の安定炭素に対する放射性炭素の存在比(放射性炭素同位体比)の変化は、炭素が土壌に蓄積されてからの経過時間を反映し、宇宙線起源の放射性炭素同位体比は数百年から数千年の、核実験起源の放射性炭素同位体比は数年から百年程度の滞留時間の推定に利用できます。

今回、アジアフラックスネットワーク1)の観測地のひとつ岩手県安比森林気象試験地の冷温帯ブナ林(写真1)の土壌(表層リター7)と表層鉱物土壌20cm:写真2)を化学処理、さらに加速器質量分析装置8)(原子力機構青森研究開発センターむつ事務所:写真3)にて放射性炭素同位体比を測定し、放射性炭素同位体比が大きく異なる土壌有機物の分別に成功しました(図1)。

分別した土壌有機物の放射性炭素同位体比から、宇宙線起源と核実験起源のいずれの放射性炭素の存在が支配的であるかを見出し、各土壌有機物の平均滞留時間、炭素蓄積量及び個別滞留時間から、微生物による有機物の分解・CO2放出速度を推定しました。

その結果、安比森林気象試験地のブナ林土壌を、数年から千年以上にわたり異なる滞留時間を有する6つの炭素貯蔵庫の複合体として捉えることに成功し、このブナ林土壌が蓄積する炭素の約70%が100年以上の時間をかけて形成・分解されたことが明らかになりました。一方、土壌有機物の微生物分解による大気へのCO2放出の70%以上を担うのは、全土壌有機物のうちの僅か10%程度を占める平均滞留時間が10年未満の有機物であり、これは土壌鉱物と未結合の植物残渣であることが明らかになりました。

一方、数十年から二百年程度の比較的長い滞留時間をもつ炭素貯蔵庫からのCO2放出は、全体の約12%にとどまることが明らかになりました。

しかしながら、土壌の微生物分解特性の多様性を考慮して行った温暖化に対する土壌応答の予測計算結果は、1年当たり0.05℃温度上昇した場合、今世紀末までに、約12%の土壌炭素蓄積量の減少を引き起こし、そのうち数十年から二百年程度の滞留時間をもつ炭素貯蔵庫からの炭素消失が50%超を占め、その後も消失が促進され長期にわたって炭素放出量の増大に大きく寄与する可能性を提示しました。

写真1.安比森林気象試験地(冷温帯ブナ林) 写真2.土壌の採取風景 写真3.加速器質量分析装置(原子力機構むつ事務所)

図1.土壌有機物の放射性炭素同位体比

【成果の意義と波及効果】

本研究の結果、土壌の微生物分解特性の多様性を定量的に表現可能となり、特に数十年から200年程度の滞留時間を持つ土壌有機炭素の地球規模での蓄積量を解明することで、将来の地球温暖化に対する土壌の応答の規模と時期を正確に予測できることが示唆されました。

また、本手法を異なる気候帯・生態系の土壌に適用することで、様々な生態系での土壌炭素放出の温暖化応答メカニズムの解明や、現在及び将来の炭素吸収・固定システムにおける森林生態系の役割に対する定量評価への貢献が期待できます。


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