原子力機構では、従来より、核融合炉施設用のコンクリートの放射化特性や遮へい性能を核融合中性子源を用いて研究しており、一方、熊谷組では粒子線加速器施設等への適用を目的として、低放射化コンクリートの開発を進めてきた。
本共同研究開発プロジェクトは、低放射化性に優れたコンクリートを開発すると同時に、従来は単一材料からなるモノリシック(一枚岩)構造として計画されていたコンクリート遮へい壁体に、中性子吸収性能に優れたボロンを含有した層を挿入した構造を採用することにより、コンクリート材料の放射化を抑えてメンテナンス作業開始までの冷却時間を短縮、さらには施設の解体時に問題となる放射性廃棄物1)の量を大幅に削減できる低コストのコンクリート構造体を開発することを目的としてスタートした。
開発した放射線遮へいコンクリート壁は、図2に示すように中性子線源側から順に、
@低放射化コンクリート層
Aボロンを含有した低放射化コンクリート層
B普通コンクリート層
の3層構造となっている。
遮へい壁体に層構造を採用したことにより、施設の解体時には放射化した表面部分(@及びA層)のみを放射性廃棄物として処分すればよいので、廃棄コストを大幅に軽減することができる。また、中性子線源側の@層には低放射化コンクリートを適用することにより放射性物質の生成を抑制し、施設のメンテナンス開始までの冷却時間を短縮することができる。この低放射化コンクリートには、今回新たに開発した製作手法7)(セメントの一部を微粉末材料に置換して低放射化コンクリートを製作する)を用いている。
ボロンによる中性子吸収効果は高速の中性子に対しては低くなる。よって、ボロンを含有した層を表面ではなく遮へい壁の内部に設置し、高速中性子をボロン含有層に届くまでに低速化させることによって、吸収効果を効率的に発揮させることが可能となる。今回の数値シミュレーションでは、ボロン含有層を3層重ねた場合と1層だけの場合を比較して、位置によってはほとんど同じ中性子遮へい性能が得られるという結果が出た。
開発した放射線遮へいコンクリート壁の構造体の性能を検証するため、模擬試験体を作成し、原子力機構の核融合中性子源施設FNS8)を用いて、14MeV中性子照射実験を行い、その遮へい性能や放射化特性を調べた。ボロン含有層を設けた試験体では、ボロンの中性子吸収効果によりコンクリート内部の低速中性子が減少する。ボロン含有低放射化コンクリートを3層設置したType-Cと1層のみのType-A及びType-B(3層構造体に相当*)を比較すると、Type-Bのボロン含有低放射化コンクリート層の背面の位置(試験体の表面からの深さ15cmの位置)において、Type-Cと同等以上の中性子遮へい性能が得られることが実証された。
層構造を有する放射線遮へい壁の構造体の構築は、工場にて製作した低放射化コンクリート板(図4の水色と黄色の部分)を遮へい壁内側の型枠として用いることによって行う(打込み型枠工法)。低放射化コンクリート板は施工時の型枠を兼用しているので、層構造を経済的・合理的に構築することが可能となる。併せて、施設解体時においては、型枠として利用した層を限定的に切除することにより、放射能の高い領域を容易に分離・廃棄することが可能となる。
今回開発した3層からなるコンクリート壁の構造体は、単一構造体と比べて、コストや遮へい性能の観点で、優れた特性を有している(表2)。中性子線遮へい性能に関しては、全てボロン含有低放射化コンクリートによる単一構造体のほうが、層構造コンクリ−トよりも良い特性を示すものの、放射線遮へい壁の全てについてボロン含有低放射化コンクリートを用いた単一構造体では莫大な建設コスト(試算によれば数十倍)が必要となり非現実的である。経済性や性能などを含む総合的な観点から、開発した層構造コンクリ−ト壁の構造体はコストパフォーマンス(費用対効果)に優れた遮へい壁と言える。
今回開発した放射線遮へいコンクリート壁の構造体は、核融合炉や粒子線加速器施設、原子力発電施設、近年発展の著しい先端医療分野のPET9)施設や粒子線がん治療施設などの様々な放射線利用施設に適用が可能である。