補足説明資料

1.研究の背景

放射線がん治療(切らずに治すがん治療)

がんの治療法は、手術、放射線治療、化学療法(抗がん剤)の3つに大きく分けられる。腫瘍の種類や進行度によって選択すべき治療法は異なるが、放射線治療は「切らずに治す」治療法である。臓器を取らないので、臓器の機能や、形態(美容)を保つことができるのが大きな特徴。また、痛みもなく、副作用がもっとも少ない治療法であり、治療後の社会復帰や生活の質 (QOL) の向上も期待できる。ガンマ線やX線を用いることが多い。

重粒子線治療の特徴

放射線のなかで電子より重いものを粒子線、ヘリウム原子より重い粒子線(イオンビーム)を特に重粒子線と呼んでいる。

補足説明資料-図1

ガンマ線やX線は、当たった表面付近の線量が最も大きく、深さとともに減衰していく。一方、陽子線や重粒子線は、表面付近の線量が小さく、粒子が停止する付近で最も線量が大きくなるという特徴がある。この性質を利用すると、体の奥にあるがん病巣に対して線量を効率的に集中させることができる。重粒子線は、LET6)が大きいことも特徴である。

補足説明資料-図2

現在、我が国では独立行政法人放射線医学総合研究所(千葉市)と兵庫県立粒子線医療センター(たつの市)の2施設で炭素イオンビームを使った重粒子線治療が行われ、良好な治療成績をおさめている。群馬大学に建設中の重粒子線照射施設(前橋市)でも、炭素イオンビームを用いて平成21年度には臨床試験を開始する予定である。

通常の放射線治療で治癒困難な「放射線抵抗性」のがん

ガンマ線やX線を用いた通常の放射線治療が効きにくい「放射線抵抗性」のがんがあり、その主な原因は、以下の3つと考えられている。

   1) 大きながんの固まりの内部の低酸素状態にある細胞は、一般的に放射線抵抗性を示す(X線やガンマ線では死ににくい)。
   2) がん抑制遺伝子p537)が正常に機能しないために、アポトーシス(細胞の自殺)や細胞分裂停止8)を起こす機能が阻害されている細胞は、放射線に抵抗性を示す。
   3) がん遺伝子Bcl-2の働きによってアポトーシス(細胞の自殺)が抑制されている細胞は、放射線に抵抗性を示す。

これらのうち、1)低酸素状態の細胞と、2)がん抑制遺伝子p53異常細胞については、炭素イオン線などの重粒子線を用いると効果的に治療できることが分かっている。

たとえば、ガンマ線やX線のような通常の放射線では「酸素効果9)」という現象があり、低酸素状態あるいは無酸素状態に置かれた細胞は、正常な酸素状態の細胞に比べて2〜3倍抵抗性を示すが、重粒子線ではこの酸素効果がなく、低酸素状態あるいは無酸素状態であっても正常な酸素状態と同様の致死作用を示す。また、重粒子線では、がん抑制遺伝子p53の働きの有無によらず、同じように細胞が致死することが分かっている。

ところが、実際のがんの半数近くでみられる、3)がん遺伝子Bcl-2の働きによってアポトーシス(細胞の自殺)が抑制されている細胞に対して、重粒子線が有効かどうかは、まだ分かっていなかった。そこで、がん遺伝子Bcl-2を組み込んで人為的に過剰発現させたヒト子宮頚がん由来のがん培養細胞に、ガンマ線や種々の重イオンビームを照射し、細胞致死効果を比較した。

2.研究内容

実験に用いた培養がん細胞(東京大学薬学部三浦正幸先生からご供与)

   ● HeLa/bcl-2:がん遺伝子Bcl-2(B-cell lymphoma/leukemia-2)を組み込み、常時過剰発現するようにしたヒト子宮頚がん由来のHeLa細胞10)
   ○ HeLa/neo:対照(コントロール)として、選択マーカー遺伝子(ネオマイシン耐性遺伝子)だけを組み込んだHeLa細胞

照射条件(原子力機構高崎量子応用研究所)

実験結果

照射後の細胞を10日間培養し、コロニー形成能を指標として生存率を測定し、以下のことを明らかにした。

補足説明資料-図3

また、18.3 MeV/uの炭素イオンビーム(108 keV/μm)照射では、がん遺伝子Bcl-2が過剰発現していても、アポトーシス(細胞の自殺)がある程度誘発されること、細胞分裂停止も引き起こされることを明らかにした。

3.成果の意義

これらの結果は、がん遺伝子Bcl-2が高発現しているためにガンマ線やX線を用いた従来の放射線治療が困難ながんでも、重イオンビームには抵抗性を示さないことを初めて明らかにし、そのような「放射線抵抗性のがん」には高LETの重イオンビームを用いた重粒子線治療が有効である可能性を示すものである。

さらに、がん遺伝子Bcl-2を標的とする重粒子線治療の基礎的検討を進めることにより、群馬大学でも近く開始されるなど、今後の世界的な普及が期待されている重粒子線治療の発展に貢献できる。


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